第三節「ガルドの旧友」
翌朝、ガルドが少し早く起きていた。
食堂に降りると、すでに朝食を食べ終えたガルドがテーブルで茶を飲んでいた。
「早いですね」
「この街に来ると、昔のことを思い出して目が覚める」
「レイナルドさんのことですか」
「そうだ」
ガルドが茶を一口飲んだ。
「十五年前に別れた。手紙を一度も出さなかった。相手も出してこなかった。それが俺たちの関係だ」
「武骨な付き合いですね」
「傭兵はそういうものだ。会っている時は腹を割って話す。別れたら連絡を取らない。それでも、また会えば続きから始まる」
「続きから始まる、というのが良いですね」
「そういう関係を持てる人間が何人いるか、というのが年を取った時の財産だ。俺は多くはないが、何人かはいる」
俺は朝食を頼んだ。パンとスープと、ゆで卵が来た。
「レイナルドさんはどんな方ですか」
「俺より五歳若い。元は傭兵だったが、武具の扱いが他の誰より上手かった。戦いよりも、武具を整えることに生きがいを感じていた。俺が三十代の頃に傭兵を引退して、テムザリアで店を開いた」
「武具の手入れ専門ですか」
「手入れと改造と、あとは鑑定だ。質の悪い武具を売りつけられた冒険者が持ち込んで、本当の価値を教えてもらうということもある」
「それは信頼される仕事ですね」
「テムザリアで長く商売するには、信頼が一番の資産だ。レイナルドがその街で続けているなら、それだけの信頼を積み上げてきたということだ」
ユナとリリアも降りてきた。朝食を取りながら、今日の動きを話し合った。
「まず、レイナルドの店に行く。それからシドウの工房を探す。リリアさんは、今日から研究者の知人のところに連絡を取りますか」
「手紙を一通書いて、宿のご主人に届けてもらうように頼もうと思っています。今日中に返事が来れば、明日から動けます」
「では、俺たちがシドウさんの工房を探している間に、手紙を書いておいてください」
「分かりました」
朝食を終えて、街に出た。
テムザリアの朝は早い。すでに市場が開いていて、商人たちが声を上げている。昨日の夕方より人が少ないが、それでも動いている人間の数が多い。
職人区に向かった。街の北側に当たる区画で、鍛冶師や木工師、皮革師などの工房が集まっている。
「レイナルドの店は確かこの通りだったはずだ」
ガルドが記憶を頼りに歩いた。十五年前の記憶で、街の構造が変わっているかもしれない。ただ、職人区の雰囲気はそれほど変わっていないようだ。
「あそこだ」
ガルドが立ち止まった。「鉄羽武具店」という看板が出ている。小さな店構えだが、窓ガラスの向こうに武具が整然と並んでいる。手入れが行き届いた商品ばかりだ。
「入ってみましょう」
ドアを開けた。金属と油の匂いがした。奥のカウンターで、がっしりとした体格の男が剣を磨いていた。白髪が混じった茶色の髪。年齢はガルドより少し若い。
男が顔を上げた。
俺たちを見た。それからガルドを見た。
少し間があった。
「……ガルド・クラウスか」
低い声で言った。
「久しぶりだ、レイナルド」
男——レイナルドが立ち上がった。ガルドの体格と大差ない大きさの体が、カウンターの前に出てきた。
「十五年か」
「そのくらいだな」
「一通も手紙を寄こさなかった」
「お前も同じだろう」
「それはそうだが」
レイナルドがガルドの体を上から下まで見た。
「老けたな」
「お互い様だ」
「俺の方がまだ若い」
「五歳しか違わない」
「五歳は大きい」
ガルドが少し笑った。レイナルドも笑っていないが、目が笑っている。十五年ぶりの旧友との再会が、こういう形で始まるのが、この二人らしいと思った。
「仲間の紹介をしろ」
「こちらは木下真。冒険者で、特殊なスキルを持っている。それからユナ、リリア。それぞれ俺の旅の仲間だ」
レイナルドが俺たちを見た。
「木下。日本人か?」
「そうです。ご存知ですか」
「ガルドから昔、そういう話を少し聞いたことがある。言霊師というやつだな」
「はい」
「見せてもらえるか。短剣か何かあるか」
俺は腰の短剣を出した。「斬」の字が刻まれている、以前からの相棒だ。
レイナルドが受け取って、目を細めた。じっと見た。表面を指先で確認した。
「……これは」
「何か?」
「この刻印、通常のエンチャントじゃない。金属の質と刻印の深さが——」
レイナルドが俺を見た。
「神話級だ」
「はい」
「お前が刻んだのか」
「そうです」
「……一言でいいか」
「どうぞ」
「本物だと、すぐに分かった」
それだけ言って、レイナルドは短剣を丁寧に俺に返した。
「詳しい話を聞かせてくれ。ガルドと一緒に来た人間なら、信用できる。それ以上の話は、聞いてから判断する」
「もちろんです」
「カウンターの奥に来い。茶を出す」
レイナルドが奥に向かった。ガルドが小声で言った。
「信用された。レイナルドは最初に拒否しなければ、受け入れた証拠だ」
「分かりやすい人ですね」
「職人はそういうものだ。シドウも同じだと思う」
俺たちはカウンターの奥に通された。
――――
レイナルドの奥の部屋は、工房になっていた。
壁に武具が並んでいる。剣、斧、槍の穂先、鎧のパーツ。どれも、状態が良い。
「テムザリアに来た目的は何だ」
レイナルドが茶を出しながら聞いた。
「いくつかあります。シドウさんに会いたいというのが一つ。それと、リリアさんの研究の拠点にすること。あとは、冒険者として依頼を受けながら力をつけることです」
「シドウに会いたい? 何のために」
「俺の言霊付与と鍛冶の組み合わせについて、話してみたいと思っています。プロットの上では第二の作品を一緒に作れるかもしれない、という期待があります」
「シドウは偏屈だ。心の準備はできているか」
「そのように聞いています」
「紹介状は?」
「今日ここに来たのも、その意味があります。ガルドさんを通じて、紹介していただけませんか」
レイナルドがガルドを見た。
「お前が頼むのか」
「頼む」
「……しょうがない。後で文句を言うなよ」
「言わない」
「シドウは今、新しい仕事を断っている時期だ。気分によっては玄関を閉める。それでも行くか?」
「行きます」
「なら明日、俺が先に話を通しておく。シドウに心の準備をさせておいた方がいい」
「ありがとうございます」
「礼はシドウと上手くいってから言え」
レイナルドが短剣を一本手に取った。棚に並んでいたものの一つだ。
「この短剣、鑑定してみろ」
「俺がですか」
「言霊師の目で見たら、どう見える」
俺は短剣を受け取った。表面を確認した。何かが刻まれている。薄く、普通の人間には見えない程度だ。
「……エンチャントがある。でも、劣化している。文字の形は『速』に近いが、半分以上が剥落している」
「そうだ。以前の持ち主が安物のエンチャントを頼んで、すでに効果が消えかかっている。俺のところに来る武具の三割はこういう状態だ」
「修復できますか」
「通常のエンチャント師では無理だ。一度完全に剥がして、新しく刻み直す必要がある。でも、それをできる職人がテムザリアにはほとんどいない」
「俺なら、できるかもしれません」
レイナルドが俺を見た。
「やってみるか」
「はい」
「その短剣はうちで預かっている客のものだ。もし問題が起きたら責任が発生する」
「分かっています。一度練習してから、改めて挑戦させてください」
「それが正しい判断だ」
レイナルドが頷いた。
「お前のことが、少し分かってきた。木下」
「どんなことが?」
「焦らない。でも、やる気がある。その組み合わせは、職人が一番信頼する性質だ」
「ありがとうございます」
「まだ礼を言う話ではない。実績を出してから言え」
ガルドが横で少し笑っていた。
「二人とも、似た性格だな」
「どこが似ている」
「厳しいが、中身は優しい」
「うるさい」
レイナルドが顔を背けた。でも、悪い気はしていない顔だった。
俺はテムザリアの最初の朝に、良い出会いができたと思った。




