第二節「金鹿亭の夜と情報収集」
夕食は金鹿亭の食堂で取った。
冒険者が多い。ほとんどのテーブルが埋まっていて、酒を飲みながら話している声が重なっている。ダーレムの銀羽亭より、はるかに騒がしい。
「賑やかだな」
俺が言うと、隣のテーブルの冒険者が振り返った。
「お、新入りか? テムザリアは初めてか」
「そうです」
「どこから来た?」
「ダーレムからです。その前はエルムの里を出発点にして」
「エルムの里? 田舎から来たな」
悪意はなかった。率直な性格の人間の言い方だ。
「田舎者ですが、よろしくお願いします」
「ははは、謙虚なやつだ。俺はドレン。テムザリアに拠点を置いている冒険者だ。何か困ったことがあれば声をかけろ」
「ありがとうございます。一つ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「シドウ・ブラックハンマーという鍛冶師をご存知ですか」
ドレンが少し驚いた顔をした。
「シドウを知っているのか? あの偏屈爺さんか?」
「偏屈ですか」
「腕は最高だが、気難しい。依頼を断ることが多くて、普通の冒険者はなかなか仕事を頼めない。気に入った客しか仕事をしない、という噂だ」
「工房はどのあたりですか」
「職人区の奥の方だ。看板も出ていない。常連以外には分かりにくい場所にある」
「職人区の奥……」
「知り合いか?」
「知り合いの知り合いというか……紹介してもらえる人がいまして」
「それなら話が早い。シドウのところは紹介なしじゃ门前払いを食らうことが多いから」
「そうですか」
「まあ、せっかく来たんだ。テムザリアを楽しんでいけ。依頼も豊富だし、飯も旨い。ここは本当に何でもある街だ」
ドレンが自分のテーブルに戻った。
ガルドが静かに言った。
「シドウの評判は知っていたか?」
「プロフィールは聞いていましたが、偏屈という話は初耳でした」
「職人にはそういう人間が多い。腕が立つほど、妥協しない。妥協しないから、客を選ぶ」
「ガルドさんの知り合いの武具屋というのは?」
「レイナルドという男だ。ドワーフではなく人間だが、武具の手入れと改造が専門だ。明日、場所を確認しながら工房に行ってみよう」
「そうしましょう」
食事が来た。テムザリアの食堂は、料理の種類が多かった。肉料理、魚料理、野菜の炒め物、それからスープが二種類。ダーレムの猪の煮込みも旨かったが、選択肢があるというのはそれだけで豊かだ。
俺は魚料理を頼んだ。淡水魚を香草で蒸したものだ。見た目はシンプルだが、香りが良い。
一口食べた。
「……旨い」
「そうですよね」
リリアが隣で同じものを食べながら頷いた。
「テムザリアは食材の流通が良いので、食事の水準が高い」
「日本の食事に近い感覚がある」
「どういうところが?」
「素材の味を生かした調理方法というか。強い香辛料で誤魔化さず、素材そのものの旨さを引き出している感じ」
「詳しいですね」
「コンビニの夜勤の頃、料理を自炊していたことがあって。素材の扱い方には少し気をつけていた」
「料理が得意なんですか」
「得意、というほどではないですが。興味はあります」
「テムザリアで食材を買って、何か作ってもらえますか」
「機会があれば」
ユナが静かに言った。
「機会を作る」
「ユナ?」
「まことが料理を作るなら、そのための時間を作る。わたしがそういうと、ガルドさんが賛成するから、多数決で決まる」
「俺に確認もせずに話が進んでいるな」
ガルドが笑った。
「異議なし」
「……分かりました。食材を調達したら、何か作ります」
「約束です」
リリアが手帳に書いた。
「それも記録しますか」
「します。この旅の食の記録も重要な資料です」
「研究の範囲が広い」
「旅のすべてが研究です」
食事を終えた後も、食堂に少し残った。周りの冒険者たちの話を聞いていると、テムザリアの情報が自然に入ってくる。
最近、依頼が増えている。街の外の魔物が活発になっている。商会の間で何か揉め事があるらしい。先週、冒険者が一人行方不明になった——
「冒険者が行方不明?」
俺は近くで話している二人に声をかけた。
「ああ。ランクDの冒険者で、単独で依頼に出たまま戻らない。三日経っても音沙汰なしだ」
「依頼の内容は?」
「街の外じゃなくて、街の中の調査依頼だったらしい。それが変なんだよ。街の中で消えるなんて、普通は考えられない」
「どんな調査依頼だったか分かりますか」
「詳しくは知らないが……商会の依頼だったと聞いた。どこの商会かは分からない」
「ありがとうございます」
俺はガルドを見た。ガルドが少し眉を動かした。
「気になるか?」
「少し。ダーレムの件と似た雰囲気がする」
「まだ判断するには早い。でも、頭に入れておく」
「そうしましょう」
ユナが静かに言った。
「テムザリアでも、何かが起きている」
「可能性は高い。ただ、まず俺たちの足場を固めてから動く。シドウさんに会って、リリアさんが研究を始めて、街の様子を把握してから」
「分かった」
「焦らない」
「分かってる」
リリアが手帳を閉じた。
「明日から、動きましょう。今日は旅の疲れを取る」
「同意です」
食堂を出た。宿の廊下が静かだった。外の喧騒が、少し遠くなる。
部屋に入った。窓を少し開けると、テムザリアの夜の空気が入ってきた。
賑やかさの残った街の音が、遠くから聞こえてくる。
ここでも、何かが動いている。
俺は窓を閉めて、寝台に横になった。




