第三巻「商業都市と欲望の渦」 第一章「テムザリアへ」第一節「街道の賑わい」
テムザリアが近づくにつれて、街道の様子が変わってきた。
人が増えた。荷馬車の数が増えた。道の幅が広くなり、石畳の状態が良くなった。すれ違う人々の服装が、ダーレムや沿道の村よりも明らかに華やかだ。
「賑やかだな」
ガルドが前を歩きながら言った。
「テムザリアに来るのは久しぶりです」
リリアが答えた。
「三年前、研究の途中で一度立ち寄りました。あの時は資料を探して書庫に二日間こもっただけで、街の様子はほとんど見ていませんでした」
「それは街に来たとは言えないな」
「そうですね。今回は少し、外も見たいと思っています」
「論文が終わったら、一緒に回りましょう」
「約束です」
ユナが俺の隣を歩きながら、前方を見ていた。街道の先に、大きな影が見えてきている。
「あれか」
「そうだと思います。テムザリアの城壁です」
城壁は遠目にも大きかった。高さが十メートルを超えている。石材が均一で、整然とした積み方をしている。商業都市として長い歴史を持つ街の、自信のある構えだ。
「でかい」
ユナが小さく言った。
「ガルディア王都の次に大きい街だと聞いています。商業の中心地なので、王国の直接支配ではなく自治都市として運営されています」
「自治都市?」
「街の議会が独自に法律を定め、複数の商会や冒険者ギルドが共同で街を維持しています。王国の軍は入れない代わりに、税金も独自に設定している。商人にとっては動きやすい場所です」
「ギルドもそれぞれ独立している?」
「テムザリアのギルドは、ダーレムやエルムの里と違って規模が大きい。冒険者ギルド、商業ギルド、鍛冶師ギルド、魔法師ギルドが並立しています。それぞれが独自の依頼を出せる」
「依頼の幅が一気に広がるな」
「ランクEだと、まだ受けられない依頼も多いかもしれませんが」
「それでも、種類は多い」
城壁が近づいた。入城門の前に、列ができている。衛兵が一人ずつ確認しているようだ。商業都市らしく、入城の手続きが整備されている。
「名前と出身地、それから滞在目的を聞かれます」
リリアが事前に教えてくれた。
「冒険者として入城するなら、ギルドの登録証を見せるだけで通れます」
「ギルドの証明書は持っています」
「では問題ありません」
列に並んだ。少しずつ前に進む。前後の人間を見ていると、商人、旅人、傭兵、農産物を運ぶ農夫、様々な人間がいた。みんなが自分の目的のためにここに来ている。
「活気がある」
俺が言うと、ユナが頷いた。
「ダーレムとは違う。もっとざわざわしている」
「商業都市だからだと思います。金と人と物が集まる場所は、こういう空気になる」
「嫌じゃない」
「俺も嫌じゃない。むしろ、少し楽しい」
ユナが少し俺を見た。
「まことは、こういう場所が好きか」
「人がたくさんいる場所が好きかどうかは分からないけど……何かが動いている場所は好きだと思う。コンビニの夜勤も、人が少ないけど物が動いている場所だった」
「物が動く場所が好き?」
「言葉が動く場所、かもしれない。人が多いと、言葉も多い。言霊師として、そういう場所は引力がある」
「引力、か」
ユナが前を向いた。
「わたしには分からないが、まことがそう感じるなら、この街は向いているかもしれない」
「そうかもしれないな」
衛兵の前に来た。ガルドが登録証を出した。俺とユナとリリアも続けて提示した。衛兵がそれぞれを確認して、簡単に滞在目的を聞いた。
「冒険者として依頼を受けるため」
「通れ」
それだけだった。
城壁の中に入った。
通りが広かった。馬車が二台並んで走れるほどの幅がある。両側に商店が並んでいて、どれも活気がある。声をかけてくる売り子、荷物を運ぶ人、立ち話をしている商人。音と匂いが、一気に増した。
「……すごい」
俺は思わず言った。
「エルムの里とは別世界だな」
「そうですね。テムザリアは別格です」
ガルドが懐かしそうに辺りを見ている。
「十年前に一度来たことがある。あの時より、さらに大きくなっている気がする」
「街は成長し続けているようです」
「俺もそう感じる」
屋台が並ぶ通りを歩いた。焼いた肉の匂い、甘い菓子の匂い、スパイスの匂いが混じり合っている。
「まこと」
ユナが袖を引いた。
「なんだ」
「あれ」
指差した先に、見慣れない形の焼き物が並んでいた。丸い生地を鉄板で焼いたもので、表面に蜂蜜がかかっている。
「食べたいか」
「……見ているだけ」
「食べようか」
「宿を決めてから」
「今でもいいだろう」
「順番がある」
「ユナが言うと思わなかった」
「わたしは計画的だ」
ガルドが笑った。
「ユナさんが計画的と言うのは意外だ」
「そう見えないか」
「そう見えない」
「見えなくても、そうだ」
リリアが微笑んだ。
「では、宿を決めてから屋台に戻りましょう。私も気になっていました」
「決まりです」
四人で街の中心に向かって歩き始めた。テムザリアの午後が、賑やかに続いていた。
――――
宿は「金鹿亭」という名の宿を選んだ。
冒険者向けの宿で、ギルドの近くにある。建物は三階建てで、中は広い。食堂と酒場が一つになった空間があり、夕方からは多くの冒険者が集まるらしい。
「ダーレムの銀羽亭より大きいですね」
リリアが部屋を確認しながら言った。
「テムザリアの宿はどこも大きい。旅人の数が違いますから」
「そうですね」
荷物を置いた。窓から見えるのは、賑やかな通りだ。下を人が行き来している。
「約束を果たしましょう」
俺はユナを見て言った。
「何の?」
「屋台」
「……覚えていたか」
「もちろん」
ユナが少し口を緩めた。
「では行こう」
四人で再び通りに出た。さっき見た屋台の場所を目指す。
「あれです」
蜂蜜がけの焼き物を売る屋台に戻った。ユナが屋台を見ている。売り子のおじさんが声をかけてきた。
「どうぞ、焼きたてです。一枚銅貨三枚」
「四人分ください」
「まいど」
四枚の焼き物が、紙に包まれて渡された。蜂蜜が光っている。まだ温かい。
一枚を受け取ったユナが、一口かじった。
しばらく黙った。
「……旨い」
「そうだろう」
「外がさくさくして、中が柔らかい。蜂蜜が多すぎず少なすぎず」
「気に入ったか」
「気に入った」
ガルドが一枚を半分に割って、頷いた。
「悪くない。甘いものは昼間に食べるとちょうどいい」
リリアが丁寧に一口かじって、少し驚いた顔をした。
「初めて食べましたが、美味しいですね。こういう食べ物はダーレムでは見かけなかった」
「テムザリアには各地の食文化が集まっている。屋台の種類が多い分、こういう店も増えます」
「テムザリア独自の料理もありますか」
「調べてみましょう。今後の楽しみとして」
ユナが二枚目を指差した。
「もう一枚買っていいか」
「どうぞ」
「ありがとう」
ユナが屋台のおじさんに銅貨三枚を渡した。自分で払うのは珍しい。それが少し面白かった。
「気に入ったら、自分で動く」
ガルドが言った。
「それが一番分かりやすい好意の表し方だ」
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
日が傾き始めていた。テムザリアの夕方が始まろうとしている。長い街道を歩いてきた体が、少し疲れていることに気づいた。でも、悪くない疲れ方だった。




