第六節「その夜のギルド報告と、ユナの発見」
ダーレムに戻ったのは夕方だった。
ギルドへの報告を先に済ませた。
受付の女性——エルマという名前の五十代の方——が俺たちの顔を見て、少し驚いた顔をした。
「前半区画の安全確認のはずでしたが、ずいぶん奥まで行かれたようですね。顔色が違います」
「少し予定外のことがありました」
俺は報告書に記録を記した。
前半区画の確認完了。 ストーン・ラット三体を撃退。 踏み板式の罠一か所を発見。 古代遺構の痕跡複数。 前半区画の安全確認、問題なし。
後半区画についても、発見した内容を別紙に記した。 石の番人の存在。 石柱の発見。 円形空間と台座。
「石の番人がいたとは……」
エルマが眉を寄せた。
「皆さん、ご無事で何よりです」
「問題ありませんでした。ただ、後半区画は相応の準備が必要だと思います」
「そうですね。報告書、受け取りました。報酬は銀貨十枚です。それと……」
エルマが帳面を確認した。
「今回の活動記録を確認しましたが、皆さんのランクEへの昇格試験を受ける条件が揃っています。ご希望であれば、明日にでも申請できます」
「本当ですか」
「依頼の達成数、戦闘実績、複数の難易度での活動。条件はすべて満たしています」
ガルドが頷いた。
「やっと来たな」
「明日、申請します」
「了解です。お疲れ様でした」
銀羽亭に戻ると、宿主が夕食の準備を終えているところだった。
「猪の煮込みはありますか?」
ガルドが聞いた。
「あります。今日は特に良い猪が手に入りまして」
「全員分、頼む。俺の奢りで」
「かしこまりました」
四人で席についた。
今日のことを少しずつ話しながら、食事を待った。
「石の番人との戦いが一番緊張した」
俺が言うと、リリアが頷いた。
「私も。あの大きさで動いてくるとは思っていなかったので」
「でも、皆さんの連携で倒せた」
「リリアさんの火魔法が効いた」
「岩を熱して脆くするという発想は、文献で読んだ記憶から来ています。実際に効くか半信半疑でしたが」
「効きました」
「良かったです」
猪の煮込みが運ばれてきた。
湯気が立ち上り、良い香りがする。
ユナが一口食べた。
「やっぱり猪の方が好き」
「牛も旨いけどな」
「猪の方が、力強い味がする」
「そういう表現か」
ガルドが笑いながら言った。
「ユナの食評はいつも独特だな」
「そう?」
「普通は旨い、まずい、甘い、辛い、くらいだ。力強い味、は聞いたことない」
「だって、そう感じる」
「それで良い。正直な感想が一番だ」
食事が進んだ。
食堂の光が、四人の顔を照らしている。
デザートの果物が出てきた頃、ユナが俺を見た。
「まこと、今日の石板の言葉、全部覚えてる?」
「大体は。リリアさんが記録してくれているし、印象的なところは頭に残っている」
「一番印象に残ったのは?」
俺は少し考えた。
「仲間と共に笑い、共に戦い、共に泣いた。その時間が、言霊の力を育てた——というところかな」
「なぜ?」
「自分のことだと思ったから」
ユナが少し目を細めた。
「まことのこと?」
「一人でいた時は、言葉が誰にも届かなかった。でも今は、届く場所がある。それが俺の力の根っこになってる気がした」
ユナが俺を見た。
しばらく、何も言わなかった。
「わたしも同じかもしれない」
「どういうこと?」
「回復魔法、最初は下級しかできなかった。でも今日、石の番人との戦いの時……」
ユナが少し間を置いた。
「いつもと違う感覚があった。魔力がいつもより深いところから来た気がした」
「それは……」
「まこと、怖かった?」
「石の番人の腕が近くに来た時は怖かった。ユナに当たらなくて良かったと思った」
「それを感じた時、魔力が変わった」
ユナが言った。
「まことを守りたいと思った瞬間、いつもより深い魔力が出た。そういうことだと思う」
俺は少し止まった。
「ユナ……」
「中級ヒール、使えるようになった気がする」
「今日から?」
「試してないから確かではない。でも、感覚が変わった。明日、確認する」
「それは……すごいな」
「まことのおかげじゃない。自分の変化」
「でも、俺のことを守りたいと思った時に変わったんだろ?」
ユナが少し口を閉じた。
「……そうかもしれない」
ガルドが静かに言った。
「仲間が強くなると、俺も嬉しい」
「ガルドさん」
「真も、ユナも、リリアも。一人ずつ強くなっていく。それを見ている俺も、もう少し頑張ろうという気になる」
リリアが頷いた。
「私も同じです。今日、三人の戦いを見ながら、自分の魔法をもっと磨こうと思いました」
四人の食卓。
猪の煮込みの湯気が立ち上っている。
ルミナ石の光ではなく、蠟燭の橙色の光が、四人の顔を照らしていた。
「三万年前の木下さんが言っていた。力は孤独の中では育たない、って」
俺が言った。
「正しいと思う」
「俺も今日それを実感した」
「同じ」とユナ。
「同感です」とリリア。
「俺もだ」とガルド。
四つの声が重なった。
俺は笑った。
ユナが俺を見た。
「良い顔してる」
「さっきも言ってたな、それ」
「何度でも言う。まことが良い顔をする時は言う」
「……ありがとう、ユナ」
「別に」
でも、ユナの口元が少し緩んでいた。
明日はランクEの昇格試験申請だ。
そして、ユナの中級ヒールの確認もある。
やることはまだたくさんある。
でも今夜は、この食卓でいい。
猪の煮込みが旨かった。
それだけで、十分な夜だった。




