第五節「帰り道の会話」
来た道を戻りながら、俺たちは少し無口だった。
それぞれが、今日の出来事を自分の中で消化しているような時間だった。
地底湖の前を通った。
水面が静かに揺れている。 ルミナ石の青白い光が映っている。
ユナが立ち止まった。
「やっぱり、ずっと見ていたい」
「帰るぞ」
「分かってる。でも一分」
俺も隣に立った。
一分間、二人で水面を見た。
「きれいだな」
「そう」
「こういう場所が地下にあるって、不思議だよな」
「まことの国にも、こういう場所がある?」
「鍾乳洞というのがある。光の仕掛けは違うけど、雰囲気は似てるかもしれない」
「行ったことある?」
「修学旅行で一度だけ」
「楽しかった?」
「正直、友達が少なくて、あんまり楽しめなかった」
ユナが俺を見た。
「今は?」
「今は楽しい」
「だから良い」
それだけ言って、ユナは歩き始めた。
一分、ちょうどだったかもしれない。
俺も歩き始めた。
ガルドが待っていた。
「水面が綺麗だったか?」
「そうです」
「俺も見たかったが、お前たちの邪魔をするのも野暮だからな」
「邪魔じゃなかったのに」
「まあ良い」
ガルドが前を向いて歩き始めた。
リリアが俺の隣に来た。
「木下さん、今日の言霊のレベルアップ、実感としてどう変わりましたか?」
「言葉に力を込めやすくなった、という感覚があります。さっき石の番人に『砕けろ』と言った時、あれは意図していなかったのに言霊が乗った。レベル3になると、発声した言葉に安定して力が乗るようになるらしいです」
「戦闘での応用が広がりますね」
「でも、制御が大事だということも分かった。言葉が増えるほど、使い方に気をつけないといけない」
「石柱の言葉にもありましたね。言霊師に急ぎは似合わない、と」
「心に刺さりました」
リリアが少し微笑んだ。
「私は今日……たくさんのものを受け取りました。石板の文章の記録もそうですが、それ以上に」
「それ以上に?」
「力を持つ者が、その力をどう使うかを真剣に考えているのを、間近で見ることができた。研究の中では文字でしか追えなかったことが、今日は目の前で動いていた」
「大げさですよ」
「大げさではありません。私がずっと追ってきた言霊師の痕跡が、今ここにある。そして、その言霊師が——真剣に、誠実に、自分の力と向き合っている。研究者として、これ以上ない光景です」
俺は少し恥ずかしくなった。
「ただ、自分の力がよく分からないから探してるだけです」
「それが、誠実ということです」
洞窟を出たのは午後遅い時刻だった。
外の光が眩しかった。
空が青い。 草が緑だ。
地下の青白い光とは違う、自然の色が広がっている。
「外は良いな」
ガルドが大きく息を吸った。
「岩と土の匂いも悪くないが、草の匂いはまた別だ」
「同意です」
リリアが空を見上げた。
「今日は……本当に長い一日でした」
「良い意味で?」
「はい。間違いなく、良い意味で」
ユナが草原に転がっている石に腰かけた。
「足が痛い」
「そりゃ一日歩き回ったからな」
「まこと、肩貸して」
「え?」
「疲れた」
ユナが俺の肩に頭を乗せてきた。
突然のことだったが、俺は動かなかった。
「重くない?」
「軽い」
「嘘。少し重い」
「じゃあ我慢して」
「もう少ししたら歩く」
「分かった」
ガルドが笑い声を上げた。
「仲が良いな」
「そうですか?」
「見てると、温かい気持ちになる。おじさんとしては」
「おじさん言うな」
「俺はおじさんだ。それより、腹が減った。帰ったら約束通り奢る」
「覚えていてくれましたか」
「忘れない。猪の煮込みでいいか?」
「最高です」
ユナが肩から頭を上げた。
「聞こえた。猪の煮込み」
「聞こえてたのか」
「疲れてただけで、聞こえてた」
俺は苦笑した。
「じゃあ、帰ろう」
四人でダーレムへの道を歩き始めた。
夕日が草原を照らしている。 長い影が四つ、地面に伸びていた。




