第四節「嘆きの声」
石柱の間を抜けて、さらに奥へ進んだ。
通路が続いている。 天井はさらに高くなっていた。 ルミナ石の光が密になって、視界は十分にある。
「ここまで来ると、洞窟というより遺構そのものですね」
リリアが壁を観察しながら言った。
「建築の様式が変わっています。入口付近は自然洞窟に建物を組み込んだ形でしたが、ここは最初から人工的に作られた空間です」
「意図的に地下深くに作った?」
「守るためだと思います。石の番人がいたことも、その証拠です」
守るべきものがある。それが、この先にある。
俺は前を見た。通路の先が光っている。
ルミナ石の光よりも、少し違う色だ。 青白くなく、やや金色がかっている。
「あの光は?」
「分かりません。でも……魔力の反応があります。かなり強い」
ユナが小さく言った。
「危険じゃない。古い、でも確かな力」
「古い力?」
「石柱の番人とは違う。もっと……静かな力」
ユナの感知は信頼できる。
俺たちはゆっくり進んだ。
通路の奥が開けた。
そこは——円形の空間だった。
直径が十メートルほど。 天井は高く、ドーム状になっている。 天井と壁にルミナ石が隙間なく埋まっており、金色を帯びた光が全体を満たしていた。
空間の中央に、台座があった。
台座の上に、何かが置かれている。
俺たちは近づいた。
台座の上にあるのは——石板だった。
縦横が五十センチほど。 厚さが十センチ。 今まで見てきた石板の中で、最も大きい。
表面に、文字が刻まれている。
「また、日本語だ」
「読めますか?」
俺は台座に近づいた。
石板を手に取ろうとして、止まった。
石板の周囲に、薄い光の膜が張っている。
「これ、触れる?」
「魔力のシールドです」
リリアが確認した。
「でも、反応が……弱まっています。まるで、誰かが来るのを待っていたかのような」
「触れてみる」
俺は手を伸ばした。
光の膜に触れた。
最初は抵抗があった。 それが、ゆっくりと消えていく。
光が、俺の手に沿って広がった。 温かい感触がある。
シールドが消えた。
「入れる」
俺は石板に手を置いた。
石の感触がある。
重い。
でも、持てる。
「読みます」
俺は石板を台座に戻したまま、表面を確認した。
「この石板は、言霊師が次の世代に伝えるために刻んだものだ。術の記録であり、記憶の記録であり、願いの記録でもある」
ガルドが近づいてきた。
「我が言霊付与の技、ここに記す」
俺は一行ずつ読み進めた。
「付与のレベルが上がるに従い、力の性質が変わる。最初は文字の力。次は声の力。そして、心の力へと変わる。心の力とは——言葉にせずとも、思いがそのまま力となること。それが言霊の完成形だ」
「レベルが上がると、思いが直接力になる」
「俺はまだレベル2だが……その先がどうなるか、少し分かった気がする」
「続きは?」
「……技の一覧が書いてある。俺が今使っている刻印技の他に、いくつかの応用技が記されている」
「覚えられますか?」
「記憶する。リリアさんも写してください」
「はい」
俺はゆっくりと読んだ。
発声付与。 複合刻印。 言霊の盾。 命名付与——人や物に名前を刻むことで、その本質を強化する技。
「命名付与……」
俺は少し止まった。
「何か気になる?」
「俺が最初にユナに言った言葉を思い出した」
「何を言ったの?」
ユナが静かに聞いた。
「初めて会った時、ユナの名前を聞いて、良い名前だと思ったことを覚えてる」
「……覚えてる」
「あれが、命名付与の萌芽だったのかもしれない。名前を良いものとして受け取る意識が、言霊として働いていた」
ユナが少し目を細めた。
「そうなの?」
「分からない。でも、可能性がある」
「……それは、少し変な感じ」
「どういう意味で?」
「言霊師に名前を認めてもらったということは……わたしの名前に、少し力が入っているということ?」
「そうなるかもしれない」
ユナが少し黙った。
「嫌じゃない」
「良かった」
「ユナという名前、好きだから」
俺は何も言わなかった。 でも、心の中で何かが温かくなった。
石板の最後に、短い一文があった。
「この石板を手にした言霊師よ。汝の付与はここで次の段階に進む。言葉に、心を込めよ」
その瞬間だった。
石板が光った。
金色の光が石板全体に広がって——俺の手に入り込んできた。
「まこと!」
ユナの声が聞こえた。
光が強くなった。 まぶしい。 でも、熱くない。 痛くない。
温かい。
洞窟全体が、金色の光で満たされた。
それが、ゆっくりと収まった。
静寂。
ルミナ石の光だけが残っている。
「まこと、大丈夫?」
ユナが俺の腕を掴んでいた。
「……大丈夫だ」
俺は自分の手を見た。
何も変わっていない。 外見は。
でも、何かが違う。
スキル情報を確認した。
【言霊付与 Lv.3】
「レベルが上がった」
「今、ここで?」
「石板が……トリガーになったのかもしれない。俺がレベルアップに必要な条件を揃えていて、石板の言葉がそれを引き出した」
「どんな変化が?」
「発声に言霊が込めやすくなった。戦闘中に言葉を発すると、今より安定した力が出せる」
「良かった」
リリアが石板を見た。
「これが……言霊師が次の世代に残したもの」
「そうだと思います」
「三万年前の人が、今の木下さんのために置いておいた」
俺は石板をもう一度見た。
台座の上に、静かに置かれている。
「……ありがとうございます」
石板に向かって、小さく言った。
洞窟が、静かだった。
でも、その静けさは嘆きではなかった。




