第五節「夕暮れの四人」
夕方、四人でギルドの前に集まった。
リリアは旅支度を整えており、大きな鞄の他にもう一つ、小型の革袋を肩に下げていた。
「改めてよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるリリアに、ガルドが大きく笑った。
「堅苦しいことは言いっこなしだ。困ったら助け合う、それだけだ」
リリアが少し、表情を柔らかくした。
「……ありがとうございます」
夕暮れのダーレムに、オレンジ色の光が広がっていた。
石畳が光を反射して、街全体が温かく見える。
「ところで、リリアさんの専門は火魔法なのか?」
ガルドが確認した。
「中心は火属性ですが、研究者として古代魔法理論も扱います。実戦向きではないですが、
補助魔法や索敵魔法は使えます」
「十分だ。ユナが回復、お前さんが補助と攻撃魔法。俺と真で前に立てばいい」
ガルドの整理の仕方は明快だ。
いつも大雑把だが、こういう時の判断は速い。
「次はデルガ遺跡を目指しますか?」
俺がリリアに聞くと、彼女は少し首を振った。
「その前に、ダーレムの周辺で経験を積みながら私の調査を続けたいと
思っています」
「難しいのか?」
「デルガ遺跡は難易度が高い。今の私たちのランクでは、正直に言うと厳しい」
「そうか。じゃあ、ここ周辺で活動しながら、力をつけることにしよう」
「そうしましょう」
リリアが頷いた。
ユナが俺を見た。
「まこと、ここで当分、いる?」
「しばらくはそうなるな。不満か?」
「不満ではない。ダーレムの料理がどんなものか、調べたい」
「そっちか」
「それと……」
ユナが少し間を置いた。
「石板のことを、もっと聞きたい」
ユナが自分から興味を示すのは、珍しい。
やはり彼女も、あの石板の文字が気になっているのだ。
「リリアさん、ユナがもっと聞きたいそうです」
「喜んで」
リリアがユナに向いた。ユナはじっとリリアを見ている。
「あなたが研究している文字……その言語で、まだ解読できていない文章は
どのくらいあるの?」
「大半は未解読です。ダーレムの周辺だけでも、三か所の遺跡に同系統の文字が残っているという報告があります」
「行きたい」
「ユナ、依頼もあるぞ」
俺が言うと、ユナは「分かっている、でも行きたい」と繰り返した。
ガルドが笑った。
「可愛いもんだ」
「……可愛くない」
「可愛いって言ってるじゃないか。本当のことだぞ」
ユナが俺を見た。
「まこと」という無言の訴えだ。
「俺に言われてもな」
しかし俺も、心の中では同意していた。
ユナが自分から何かをしたいと言う時、それは本当に心から来ている。
そういう時のユナを、俺は見ていたいと思う。
「分かった。依頼をこなしながら、遺跡も見に行こう。リリアさん、それでいいですか?」
「望むところです。私の調査も進みますから」
四人で頷き合った。
街の夕暮れの中、リリアが空を見上げた。
「……久しぶりに、仲間ができました」
その言葉は小さかったが、俺にはちゃんと聞こえた。
ガルドが「そりゃよかった」と豪快に笑う。ユナが「同じ」とだけ言う。
俺は何も言わなかった。
ただ、夕暮れの中に四人の影が並んでいるのを確認した。
三万年前の石板。
「言霊師 木下」という文字。
その謎の先に、何があるのか。まだ分からない。
でも、一人じゃない。
その事実が、俺の中で確かな重さを持っていた。
――――
コンビニで一人、空を見上げていた頃。
「こんな生活、もうやだな」と思っていた頃。
俺はあの時、どこかへ行きたいと思っていた。どこへ、とは分からなかった。
ただ、今いる場所から出たかっただけかもしれない。
今、確かに、あの時とは違う場所にいる。
違う世界で、違う人たちと、違う空気を吸っている。
それが俺の望んでいた「どこか」なのか、まだ分からない。
でも、悪くないと思っている。
むしろ、かなり良いと思っている。
「まこと、飯」
ユナが俺の袖を引いた。
「そうだな」
「腹が減った」
「俺もだ」
四人で銀羽亭に戻りながら、俺は空を見上げた。
ダーレムの夕暮れは、オレンジ色から薄い紫に変わりかけている。
「いい空だな」
「同意」とユナ。「風流だな」とガルド。「……そうですね」とリリア。
この答えが揃った瞬間が、なんとなく好きだと思った。
そう思える今が、嫌いじゃない。俺は宿の扉を開けた。
猪の煮込みの匂いが、また漂ってきた。




