第四節「古代語の断片」
翌朝、ダーレムの街は快晴だった。
ギルドに依頼を出す前に、俺とリリアは宿の食堂の隅に陣取った。
ユナは隣に座り、ガルドは「昔の知り合いに挨拶してくる」
と出かけていった。
リリアが鞄から何かを取り出した。木の薄板が三枚。
いや、よく見ると表面に細かい傷がある。文字だ。
「これは……」
「写しです。本物は別のところにあります」
リリアが説明した。
「デルガ遺跡と呼ばれる古代の遺跡で発見された石板を、私が忠実に転写したものです」
石板。
俺は身を乗り出した。
その文字を見た瞬間、俺は息を飲んだ。
間違いない。これは日本語だ。
完全ではない。字体が古く、崩されている部分もある。
判読が難しい文字もある。だが、明らかに日本語の文字だ。
「読めますか」
リリアが静かに聞いた。
俺は板を手に取って、一字ずつ確認した。
目で追う。頭で整理する。
「……我、言葉もて世界を愛す」
それだけ読んで、息が止まりそうになった。
「そして……言霊師、木下」
リリアが頷いた。
「それが、私が転写した全文です」
木下。
俺の名字と同じだ。
「三万年前の石板に……俺の名字が?」
「姓が一致しているという点では、
偶然の可能性もあります」
リリアが静かに言う。
「しかし、あなたが言霊付与のスキルを持っているとすれば、偶然とは言いにくい」
知っていたのか。
俺は顔を上げた。
「……バレてましたか」
「言霊付与スキルは、現存のスキル一覧には存在しない。ギルドで初めて表示された時、
エルムの里が騒然となったという情報が研究者仲間に届きました」
ああ、あれか。
あの時の受付嬢の反応と、村人の騒ぎ。
噂になってたわけだ。
「それで……この石板を持って、俺に会いに来た?」
「違います。石板の研究が先でした」
リリアがはっきりと言った。
「デルガ遺跡は私が三年前から追っていた遺跡で、言霊師の痕跡を探して調査していました。木下さんとの出会いは、本当に偶然です」
俺はもう一度、石板の文字を見た。
「我、言葉もて世界を愛す——言霊師 木下」
何者が、三万年前にこの文字を残したのか。なぜ俺と同じ名字なのか。
頭の中で、いくつもの疑問が渦巻く。
ユナが俺の袖を引いた。
「まこと」
「分かってる。落ち着けってことだよな」
「落ち着きなさい、じゃなくて……いい顔をしている」
「え?」
「謎があると、まことはいい顔をする」
俺は苦笑した。
確かに、今、心臓が早く動いている。
怖いとか不安とかより、好奇心の方が強い。
「リリアさん」
俺は改めて問いかけた。
「この石板が他にもあるとしたら?」
「デルガ遺跡にはまだ調査していない区域があります。また、他の遺跡にも類似の石板が眠っている可能性がある」
俺は少し考えた。三万年前の言霊師。俺と同じ名字の人物。
日本語で書かれたメッセージ。
これは追うべき謎だ。
「一緒に探しに行きませんか」
リリアは少し驚いた顔をした。
それから、静かに微笑んだ。
「……私でよければ」
ユナが小さく「決まり」と言った。
――――
その日の午後、
ダーレムのギルドでリリアの仮登録が行われた。
「調査支援・魔法担当」という形で、暫定的な同行者として俺たちに加わることになった。
書類手続きを終えて、ギルドの外に出た。
「これで、四人パーティーだな」
ガルドが満足そうに言った。
「前衛が俺と真、後衛がユナとリリア。バランスが良くなった」
「私は戦闘が専門ではないので……」
リリアが遠慮がちに言う。
「補助と攻撃魔法があれば十分だ」
ガルドが明快に言った。
「戦いは人数と連携が大事だ。一人で何でもできるより、それぞれの役割をこなせる方が強い」
「……ありがとうございます」
「堅苦しくするな。仲間になったんだから」
リリアが少し、頬を緩めた。
俺はギルドの窓口で書類に名前を書きながら、もう一度あの言葉を頭の中で繰り返した。
「我、言葉もて世界を愛す」
三万年前のある人物が、この世界に残した言葉。
誰が、何のために書いたのか。答えは、まだ分からない。
でも、俺は確かに、何かの糸を引いた気がした。
そして今、その糸の先を一緒に辿ってくれる仲間が増えた。
「木下さん」
リリアが俺の隣に来た。
「一つだけ、お礼を言わせてください」
「さっきも言ってましたよ」
「今日のお礼ではなく……三年間のお礼を」
「三年間?」
リリアが空を見上げた。
「私は三年間、言霊師の痕跡を追ってきました。でも、その文字を読める人間に出会えなかった」
少し間を置く。
「今日、木下さんと出会って、初めてあの文字が声になりました。三年間、文字だったものが、言葉になった」
「……」
「それは、私にとって三年分の意味を持っています」
俺は何も言えなかった。
でも、リリアの目が本当のことを言っているのは、
分かった。
「一緒に探しましょう。答えを」
それだけ言った。
リリアが頷いた。
「はい」
その返事は、朝より少し柔らかかった。




