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第二巻「石板の啓示と仲間の絆」 第一章「リリアとの出会い」

「……また、たんぽぽがいる」

俺は街道の脇に咲く黄色い花を見つけて、

思わず足を止めた。

アルヴェリア大陸のたんぽぽは、

日本のそれとほぼ同じ形をしている。

綿毛の丸い白い球。

茎の先に咲く、小さな黄色い花。

風に揺れる、細い茎。

外見は、ほとんど変わらない。

ただ、こっちのたんぽぽは少し違う点があった。

甘い香りがするのだ。

日本のたんぽぽには、あまり匂いがない。

でも、この世界のたんぽぽからは、

ほんのりとした蜂蜜に似た香りが漂ってくる。

柔らかくて、少し甘くて、どこか懐かしい匂いだ。

「まこと、何をしている?」

ユナが俺の横に並んで、

首を傾げながら声をかけてきた。

朝の霧が、まだ街道の上に薄く立ちこめている。

光が霧に散らばって、白い幕のように広がっていた。

その中を歩いていると、世界がまだ完全に目覚めていないみたいな気がしてくる。

エルムの里を発ってから三日。

俺たちは次の街、ダーレムを目指して歩き続けていた。

「いや、花を見てた」

「花?」

「似てるなと思って。日本にもある花に」

ユナは小さく眉を動かして、

たんぽぽをじっと見つめた。

紫の瞳が、黄色い花の上で止まる。

「ユナが知らない花?」

「見たことはある。でも……まことが知っている花と同じかどうかは分からない」

確かに、そうだ。外見が似ていても、全く別の植物である可能性がある。

同じ形をした別の命が、この世界には当たり前のように存在している。

俺はそれが、たまらなく不思議だと思う。

屈んで、たんぽぽの茎を一本折り取った。

ユナが無言で俺の手元を見ている。

「日本じゃ、こうやって……」

俺は茎の端を縦に割いた。

そのまま、くるくると丸める。

薄い緑色の小さな輪が、ふわりと広がった。

「……へえ」

ユナの声が、わずかに変わった。

感情をあまり表に出さないユナが、目を細めている。少し、嬉しそうな顔だ。

「面白い」

「だろ。じゃあ、これも」

俺は別の茎をもう二本折り取った。

今度は少し丁寧に、輪を二つ繋げて、

小さな環を作る。

それを、ユナの銀色の髪の上に乗せた。

ちょうど頭の上、ツインテールの間に。

ユナは手で触れてみた。

てのひらで確かめるように、そっと輪の形をなぞる。

それから、俺の顔を見た。

「花冠?」

「まあ、簡単版だけど」

ユナは少しの間、沈黙した。

「……似合う?」

「似合う」

「……分かった」

ユナはそのまま花の輪を頭に乗せたまま、

前を向いて歩き始めた。外したりしない。

特別大事にするわけでもない。

ただ静かに、霧の中を歩く。

後ろからガルドの笑い声が聞こえてきた。

「朝からいい雰囲気じゃねえか。俺も一つ作ってくれよ」

「ガルドには似合わない」

「なんで即答なんだよ!!」

ガルド・クラウス、五十代、元傭兵、斧使い。


エルムの里で出会った、俺たちの最初の仲間だ。

豪快で頼もしい大男だが、こういう場面ではいつも一歩遅れる。

は苦笑しながら街道に戻った。朝霧が晴れ始めていた。

遠くの丘に朝日が差し込んで、草原が金色に輝いている。

アルヴェリア大陸の朝は、どこか静かで清々しい。

コンビニの蛍光灯の下で夜を数えていた頃が、もう遠い昔みたいに感じる。

俺は息を吐いた。言霊付与、現在レベル2。

自分の声や書いた文字に力が宿る、超レアユニークスキル。

日本語を物に刻むことで神話級アイテムが生成できる。

強い意思と感情が込められた言葉ほど、効力が増す。

まだ全然使いこなせていない。でも、少しずつ分かってきた。

この力は、俺が「本気で思っている言葉」に応える。

日本のコンビニで、誰にも届かなかった言葉が。

この世界では、確かに何かを動かす。

「……まあ、悪くない話だよな」

俺はそう小さく呟いた。

「何が?」

「この世界に来たこと」

ユナは少し間を置いてから、前を向いたまま答えた。

「……同じ」

銀色のツインテールに乗った、たんぽぽの輪。

朝霧の中で、それだけが鮮やかに光っていた。


――――


街道は緩やかな起伏を繰り返しながら、東に向かっている。


この先にある街ダーレムは、ガルドの話によると小さいながらも

活気のある交易の拠点らしい。

エルムの里からは徒歩で四日ほど。

俺たちは昨日の夕方から野営をして、今朝早く出発したところだった。

「今日中には着くか?」

俺がガルドに聞くと、彼は空を見上げて考えた。

「天気が持てば、夕方には着く。雨が降ったら翌朝になるかもしれんが」

「雨は降らない」

ユナが静かに言う。

「なぜ分かる?」

「雲の流れと、草の匂い。雨の前は土が湿った匂いを先に出す。今日はそれがない」

ガルドが感心した顔をした。

「へえ。お前さん、そういうことも分かるのか」

「生きるために覚えた」

ユナはそれだけ言って、また前を向く。

詳しいことは言わない。でも、俺はなんとなく理解していた。

ユナの過去には、まだ俺が知らないことがたくさんある。

外見は十二、三歳の少女だが、実際の年齢は「謎」だ。

神聖国の記録に

「銀髪紫眼の幼い娘が神の器として生まれた」とあるという。

だが、それが何百年前の記録なのかは、まだ分かっていない。

俺は何も聞かなかった。聞かなくていいと思っていた。

今、一緒にいる。それで十分だ。

「まこと、あそこ」

ユナが街道の脇、廃屋の方向を指した。

古い建物の影から、何かの音が聞こえる。

金属のぶつかる音と、何か……いや、声だ。

「誰かいる」

「こんな道端に?」

ガルドが斧に手をかけながら、ゆっくりと近づく。

俺も無意識に短剣に触れた。

鍔の部分に「斬」と刻んだ刃。

言霊付与の込もった、俺の最初の神話級武器だ。

廃屋の影から、くぐもった声が聞こえた。

魔物の声ではない。

人の声だ。

―――


廃屋の裏に回ると、そこには信じられない光景があった。

石造りの壁にもたれかかるようにして、一人の女性が座り込んでいる。

年の頃は二十歳前後だろうか。

茶色のローブを着ており、その肩口から赤黒い染みがにじみ出ていた。

傷だ。

しかも、彼女の周囲には三体の魔物の死骸が転がっていた。

小型の犬に似た姿の魔物で、灰色の毛並みに鋭い爪を持っている。

ただし全て、既に動かない。

どうやらこの女性が一人で倒したらしかった。

「大丈夫ですか」

俺は思わず声をかけた。

女性がゆっくりと顔を上げる。その目が、特徴的だった。

右目は茶色。左目は、深い緑色をしていた。

オッドアイだ。

そして、耳の先端がわずかに尖っている。

ハーフエルフだ。

「……助かりました。少し、魔力を使い過ぎて」


声は落ち着いていた。

痛みがあるはずなのに、表情はわずかに歪む程度だ。

「ユナ」

俺が名前を呼ぶと、ユナはすでに動いていた。

小さな手が女性の肩口に触れて、回復魔法が発動する。

薄い緑色の光が、傷口を包んだ。

「……下級回復魔法ですね」

女性が、少し驚いたような声で言う。

「とても精度が高い」

「回復魔法は専門でしょうか?」

「今は下級しかできない」

ユナは素っ気なく答えながら、丁寧に治療を続ける。

こういう時のユナは集中していて、表情が真剣になる。

俺は周囲を見渡した。倒れた魔物は三体。

どれも爪や牙に火傷のような焦げ跡がある。

「火属性の魔法を使ったのか?」

女性は少し目を細めた。

「そうです。ただ、使い過ぎました。あと二体いたら、危なかった」

「五体相手に一人とは、なかなかやるじゃないか」

ガルドが感心したように言う。

女性は小さく苦笑した。

「運が良かっただけです。普通はこんなことはしません。ただ……荷物を手放したくなかったので」

彼女の傍らに、革製の鞄が置かれていた。

かなり大きい。見るからに重そうだ。

「荷物が大事なのか?」

「研究の資料です。替えが利かない」

研究。


その言葉が俺の中で引っかかった。

ユナの治療が終わり、女性がゆっくりと立ち上がる。

背は俺より少し低い。

ローブの下に、動きやすそうな革の服を着ている。

「助かりました。ありがとうございます」

丁寧な自己紹介の前に、まず礼を言う人だった。

「私はリリア・フォン・エル。魔法使いで、古代語の研究者です」

「俺は木下真。こっちはユナとガルド。冒険者をやってます」

リリアは俺の名前を聞いた瞬間、一瞬だけ目を細めた。

「木下……真」

なぜか、その発音が奇妙なほど正確だった。

俺の名前を知っているような、そんな言い方だ。

「どこかで聞いたことが?」

リリアは首を振った。

「いいえ。ただ……珍しい響きの名前だと思って」

それだけ言って、話題を変える。

「ダーレムに向かわれていますか?」

「そうです」

「よろしければ、同行させていただけますか。一人では少し、心もとなくなりました」

ガルドが俺を見た。決めるのはお前だ、という目だ。

「構いませんよ。一緒に行きましょう」

リリアは、はっきりと頭を下げた。

「感謝します」

その時、ユナが無言でリリアの鞄を持ち上げていた。

よいしょ、とも言わず、ただひょいと。

「重い」

「すみません」

「持つ」

ユナはそれだけ言って、歩き始める。

リリアが驚いた顔でユナを見た。

俺はそっと耳打ちした。

「ユナは見た目より力があるんで。気にしないで」

「……ユナ様は、少し変わっていますね」

「右?」

でも、それがいいんだ。

俺は心の中でそう思いながら、リリアと並んで歩き始めた。

朝霧が完全に晴れて、空が青く広がっている。

新しい仲間が一人増えた朝だった。


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