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閑話二「ガルドの手紙」



ダーレムに着いたのは、エルムの里を出てから三日目の夕方だった。


宿に荷物を置いて、夕食を済ませて、真とユナが部屋に戻った後で、ガルドは食堂に一人残った。宿の主人が片付けをしている。客は他に二人いたが、どちらも静かに飲んでいた。


ガルドは宿の主人に頼んで、紙とインクと羽ペンを借りた。


「手紙を書きたい」と言うと、主人が用意してくれた。こういう頼み方をする客は珍しくないらしく、主人は特に何も言わずに持ってきてくれた。使った分を翌朝払う形だ。


テーブルの上に紙を広げた。


インクに羽ペンを浸した。


しばらく、紙を見ていた。


何から書くか、ということは考えていなかった。書きたいことがあって、それを整理してから書こうとは思っていなかった。書き始めれば出てくる、という感触があった。手紙というのは、書き始めないと何を書きたかったかが分からないものだ、と長い旅の中で覚えてきた。


書き始めた。


---


久しぶりだ。ダーレムについたら出す。


そう思っていたが、書くのが遅くなった。テムザリアで忙しくしていたことと、その後も動き続けていたことで、手が止まっていた。久しぶりに落ち着いた夜ができたから、書くことにした。


元気にしているか。


俺は今、二人の若者と一緒に旅をしている。


---


ペンを止めた。


二人の若者、という書き方が正確かどうか考えた。若者は正しい。真は二十七歳で、ユナは外見から推測するに十代の後半か二十代の前半だ。年齢を直接聞いたことはないが、旅の中での動き方と判断力から考えると、十代後半ではないかと思っている。


どちらも、ガルドから見れば若者だ。


ペンを再び動かした。


---


一人は木下真という男で、二十七歳だ。


転移者で、日本という国から来たらしい。黒い髪と目。言霊付与という前代未聞のスキル持ち、神話級アイテムを作れる男だ。これだけ書くと化け物みたいだが、本人はコンビニという夜の店で働いていた普通の兄ちゃんだ。


自信がない。


自分の力を信じていない。人の役に立つと喜ぶくせに、感謝されると照れる。照れ方が正直で、隠そうとしない。隠すという発想がないのかもしれない。


料理をするときの顔が別人みたいになる。迷いがない顔だ。他の場面ではどこか探りながら動いているのに、料理をしているときだけは迷いがない。鍋の火を確認する目と、鑑定石を使うときの目が、全然違う。どちらも集中しているが、質が違う。


息子がいたら、こんな顔をしていたかもしれないと思う。


---


そこまで書いて、ガルドはペンを止めた。


息子のことを書いた。書いていいか少し考えた。しかし、書きたかったから書いた。隠すことでもない。手紙の相手は、息子のことも知っている旧友だ。そのあたりの事情を知っている人間に書いているから、説明なしで書いて伝わる。


ペンを続けた。


---


もう一人はユナという少女だ。


銀髪のツインテール、紫の目、外見は幼いが中身はかなりしっかりしている。年齢は聞いていないが、物事の判断の仕方から、相当な経験を積んできた人間だと分かる。しかしその経験が、どこで積まれたものかは教えてくれない。聞いても答えない。聞かれると話をずらすか、別の話題を出す。


回復魔法しかスキルがないのに、盗賊相手に一手で黙らせた。


どういう戦い方をしたかは、横から見ていても詳細が掴みにくかった。気づいたら終わっていた、という感じだ。手数が少なくて、動きに無駄がない。剣を使わない。体を使う。その体の使い方が、どこかで体系的に学んだものだと分かる。護身術か、あるいはそれ以上のものか。


---


ガルドはそこで少し考えた。


ユナについて書くことは、真について書くより難しかった。真は直接的な人間で、行動の意図が読みやすい。ユナは内側が読みにくい。行動の理由が表に出ない。しかし行動そのものは正確で、迷いが少ない。


難しいのは、行動が正確で迷いが少いのに、感情が読みにくいということだ。感情がないわけではない。むしろ確かにある。しかし外に出さないようにしている。出さないことへの、長年の習慣がある。


その習慣が、真の前では少しずつ崩れてきている。


ガルドはそれを旅を通じて観察していた。最初は何も言わなかった。今は「楽しみ」と言う。最初は礼を言わなかった。今は「ありがとう」と言う。最初は一人で動こうとしていた。今は二人で動くことを選ぶ場合がある。


少しずつ、確かに変わっている。


ペンを動かした。


---


真の前ではどこかかわいらしく振る舞うくせに、敵の前では別人のように変わる。切り替えが速い。おそらく本人は、かわいらしく振る舞っているつもりはないのだろうが、端から見ているとそう見える場面がある。


この二人のどちらが強いか聞かれたら、俺はユナだと答える。


ただ本人に言ったら怒りそうなのでやめておく。


怒る、というより冷たく否定されそうだ。「強さの定義による」くらいのことを、感情のない声で言いそうだ。それはそれで正しいかもしれないが、聞かれたとしたらの答えとしては、俺はユナだと思っている。


---


ペンを止めて、書いたものを読んだ。


二人の説明が終わった。次に何を書くか。


手紙の目的は何だったか、と考えた。目的を決めて書き始めたわけではない。書きたかったから書き始めた。何を書きたかったかは、書いてみて分かる。


この二人と旅をしていることを、誰かに話したかったのかもしれない。


ガルドは長く一人で旅をしていた。息子が死んだ後の旅は、目的がなかった。弔いを終えて、それから先に何をするかが分からなかった。歩いていた。目の前の依頼を受けて、片付けて、また歩いた。誰かに話すほどのことが起きていなかった。


しかし今は、誰かに話したいことがある。


ペンを続けた。


---


この二人が気づいていないことがある。


お互いのことを、かなり気にかけているということだ。


真は「スローライフがしたい」と言いながら、ユナが危ない目に遭うと飛び出す。計算なく飛び出す。思う前に体が動いている。テムザリアでユナが誘拐されたとき、夜中に乗り込んでいった。危険だと分かっていても止まらなかった。止まれなかった、というより、止まるという発想がなかったようだった。


ユナは「一人が楽」と言いながら、真の隣で睡眠を取る。


宿場で野営するとき、ユナが真の近くに位置を取る。意識してそうしているかどうかは分からないが、自然にそうなっている。朝、真が起きる前に確認しに来ることがある。昨日の朝もそうだった。暗いうちから起こしに来た。料理の準備の確認、という名目だったが、名目であることは分かった。


どちらも絶対に気づいていない。


---


ペンを止めて、少し笑った。


笑い方を忘れかけている自分が、今夜は少し笑えた気がした。


この二人を見ていると、おかしくなることがある。気づいていない同士が、お互いのために動いている。お互いのことを気にかけているから動いている。しかしどちらも、そういう動機があることを認識していない。


旅を通じて何度か、そういう場面があった。


真がユナの好みの食べ物を把握して、何かの機会に用意する。ユナが真の消耗度を確認して、疲れているときに水を渡す。言葉にしていない気遣いが、行動に出ている。


それがおかしくて仕方がない。


お互いが気づいたらどうなるか、という話は別だ。今の話ではない。今はただ、気づいていない同士が自然にそうしていることが、端から見ていて面白い。


---


そこまで書いて、ガルドは少し間を置いた。


この手紙の終わり方を考えた。


書きたかったことは書いた。二人の説明と、二人が気づいていないことの話だ。それが書きたかったことだったと、書き終えてから分かった。


残りに何を書くか。


息子のことをもう少し書こうか、と思った。しかし書かないことにした。息子の話は、焚き火の前でした。あそこで話せた。それで十分だ。手紙に書き直す必要はない。


この手紙は、二人の話を書いた手紙だ。それでいい。


ペンを続けた。


---


この旅が、俺にとって良いものだと感じている。


「俺が助かっている」と真に言った。本当のことだった。一人で歩いていたときより、今の方が先を見ている。明日に何があるか考えている。それが二人のおかげだ。


何かを引き込んでくる二人のおかげで、目の前に何かが来る。それに対応することが、旅の形になっている。


この二人とどこまで旅をするかは分からない。


言霊師の謎が解明されれば、真の旅の目的が変わるかもしれない。ユナが自分の来た場所について話してくれるようになれば、ユナの向かう先が変わるかもしれない。それぞれが別の道に向かうことも、あり得る。


しかし今は、三人で歩いている。


それで十分だ、と今夜は思っている。


---


そこで一度ペンを止めた。


読み返した。


書き方が直接すぎる部分があった。しかし修正しなかった。これでいい。手紙の相手は、ガルドが直接的な書き方をする人間だと知っている。飾った言葉で書いても、相手には伝わらない。


最後を書いた。


---


それがおかしくて仕方がない老いぼれから、元気にしてるか。


ガルド


---


書き終えた。


ペンを置いた。


紙を見た。


思ったより長くなった。書き始めたときは、短い手紙になると思っていた。しかし書いていくうちに、書きたいことが出てきた。それを全部書いたら、この長さになった。


宿の主人が「もう少し紙を使うか」と声をかけてくれた。片付けをしながら様子を見ていてくれたらしい。


「これで足ります」とガルドは言い、紙を折りたたんだ。


封蝋は持っていなかった。代わりに、紙の端を折り込んで閉じた。あて名を表に書いた。ダーレムの冒険者ギルドを通じて転送してもらう形だ。行き先が変わっていない限り、三週間もあれば届く。


手紙を上着のポケットに入れた。


明日、ギルドに寄って出す。


食堂の他の客がいなくなっていた。宿の主人が片付けの最後をしていた。使った紙の代金を払い、借りた道具を返した。


「おやすみ」と主人が言った。


「おやすみ」とガルドは言い、階段を上った。


廊下に出た。左側が真の部屋、右側がユナの部屋だ。どちらも灯りが消えている。もう寝ている。


ガルドは自分の部屋の扉を開けた。


部屋に入り、扉を閉めた。荷物を確認して、短剣を枕元に置いた。どこに泊まっても変わらない習慣だ。


横になった。


天井を見た。


この旅を始めたとき、ここまで続くとは思っていなかった。エルムの里でたまたま会った転移者が、真だった。その隣にユナがいた。それだけの偶然が、今につながっている。


偶然か必然かは分からない。


しかし今夜、手紙を書けた。書きたいことがある旅をしている。それだけが今夜の全部だ。


目を閉じた。


ダーレムの夜が、静かに続いていた。


---


*第一巻 完*


---


これで第一巻の全節、閑話一・二を含めた全コンテンツの拡張執筆が完了しました。


プロローグから閑話二まで、全章を1節ずつ順番通り執筆できました。第二巻以降の執筆に進みますか?",

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