第二十五話 あんたは小山力也か! ドラゴン乗りの先生ボルグさん
速いな……。
ドラゴンは、あんなに速く飛ぶのか!
俺は初めて見たドラゴンの飛行速度に驚いた。
日本人だった頃、プロペラ飛行機が空を飛んでいるのを見た事がある。ドラゴンはそれよりもかなり速い。
急速接近する青いドラゴンは、宿営地の上に来ると直角に降下した。
「うわっ!」
「ぶつかる!」
「墜落か!」
「逃げろ!」
俺の近くで兵士たちが慌てて避難しだした。
だが、ジャバ先生は笑顔のまま猛スピードで降下するドラゴンを見ている。
着地は大丈夫なのか?
ドラゴンはこのスピードで急停止出来るのかも……。
そんな事を考え、俺もジャバ先生の隣で降下するドラゴンを見守る事にした。
直滑降で降りて来たドラゴンは地上5メートルで一気に減速、態勢を立て直してふわりと静かに着地した。
着地したドラゴンは、俺のドラゴンと同じバッカニア種だ。
俺のドラゴンより色が若干濃い。
ドラゴンにまたがっているのは、三十才くらいの体格の良い黒い軍服姿の男だ。
金髪をオールバックにまとめて、軍服をちょっと着崩している。
男が鋭い目付きで辺りを見回し、肩に担いだ大きな槍を空中で一回転させると今まで大騒ぎしていた兵士たちが静かになった。
「いやあ、お見事! 見事な操竜ですね! エヴラール君!」
ジャバ先生がのんびりとした声で、拍手をしながら男に近づいた。
男は槍をドラゴンの鞍にひっかけると、ひらりとドラゴンから飛び降りた。
ジャバ先生に駆け寄りがっしりと両手で握手をした。
「お久しぶりです! ジャバ先生! お元気そうで!」
「君も元気そうですね。急な依頼にも関わらず来てくれたのですね。ありがとう」
「運良く船が港に入っていましたので。伝言を聞いて飛んできましたよ!」
二人は知り合いみたいだ。
それもかなり親しい間柄かな?
二人の挨拶と近況報告が終わった所で俺が紹介された。
「アルト君。こちらはエヴラール・ボルグ君、子爵です。魔法学科を卒業した優秀な魔法使いで、今は北の海で船に乗っています。彼にドラゴンの乗り方を教わって下さい」
「はい。学校の先輩ですね?」
「そうです。在学中のボルグ君は……。もう、それは、それは大変でした……」
「いや! ジャバ先生には本当にお世話になりました! 受けた御恩は、生徒を教える事でお返しします!」
ボルグさんの鋭い目が俺に向いた。
澄んだ青い目は俺を計るように光っている。
そして突然、大声が響いた。
「気をつけ! 敬礼!」
「う! うえええ!?」
あまりに突然で俺は驚いたが、何とか姿勢を正して敬礼をした。
敬礼は日本と同じなのだが、貴族はあまり敬礼をしない。
軍人である事よりも、貴族である事が優先されるからだ。
貴族学園の授業で習って以来の敬礼だったが、なんとかこなせてボルグさんが答礼してくれた。
「素直で大変よろしい! まるっ!」
ボルグさんは両腕で大きい丸を作って、笑顔で褒めてくれた。
けれど、強面なのでちょっと怖いし、大きな声が耳に痛い。
あんたは小山力也か!
「しかし、アルト君! 敬礼はもっとこうした方がカッコ良いぞ! もっと脇をしめて、肘を前に突き出すように……。そう! そうだ!」
ボルグさんは俺の敬礼を直してくれた。
あ……、これ、旧日本海軍式の敬礼と同じだ。
「確かにこっちの敬礼の方がカッコ良いですね!」
「おっ! わかるか!? そうだろ! この敬礼の方がカッコ良いよな!」
根は良い人みたいだなあ。
子供みたいにニコニコ笑いだした。
俺とボルグさんのやり取りを見守っていたジャバ先生が話し出した。
「ふむふむ、二人は相性が良さそうですね。ボルグ君はバッカニア乗りとして海軍で名を馳せています。アルト君のドラゴンはボルグ君と同じバッカニア種ですから、きっと学べる事が多いでしょう」
なるほど。
同じ種類のドラゴンに乗るからボルグさんを呼んでくれたのか!
「わかりました! ありがとうございます! あの……アメリアお嬢様は?」
「アメリア嬢はマックスウェル君に指導してもらいます。戦争の方は、しばらく睨み合いで動かないですからね。では、ボルグ君、アルト君をよろしくお願いしますね」
「お任せください!」
ジャバ先生はアメリアお嬢様とマックスウェル先輩の方へ去った。
ボルグさんは姿勢を正してジャバ先生を見送っている。
この人よっぽどジャバ先生に世話になったんだな。
在学中に何をやったの!?
ボルグさんはキリっとした顔で俺の方に向き直った。
「じゃあ、改めて! 俺がボルグ大佐だ! よろしくな! アルト君!」
珍しいな。
貴族で階級を言う人ってあまりいないのだけれど……。
階級よりも爵位の方が大事だから、普通貴族は爵位を言う。
何かこだわりがあるのか?
ここはボルグさんに合わせておくか。
「アルト・セーバー大尉です。こちらは僕のお世話係のサンディ少尉です」
「サンディです! 騎士爵の四男です! よろしくお願いします!」
「元気があって大変よろしい! まるっ!」
さっきと同じ。
ボルグさんは両腕で大きい丸を作って、笑顔でサンディを褒めた。
「あー、二人とも。俺の前では爵位なんぞ気にするな。俺は海軍所属だ。海軍は平民で気の荒い連中ばかりだからな。海の上では爵位なんぞ屁のツッパリにもならんよ」
そんな物か?
俺はラブラドル王国に海軍がある事も知らなかった。
こういう時はサンディに聞いてみる。
「サンディ、海軍があるんだ?」
「ああ。俺も詳しくは知らないけれど、元海賊とかもいてガラが悪いって聞いた事がある」
「元海賊!? 海賊だったヤツが海軍にいるの? それ大丈夫なの?」
それもどうなの?
良いの?
ありなの?
「うーん……。海軍は海賊と戦う事が多いらしい。だから元海賊は即戦力……なんじゃないかな……」
「それで貴族は文句を言わないのか?」
「貴族は船に乗らないから」
「えっ!?」
「貴族は飛行船に乗るし、ウチみたいな騎士爵は馬に乗って陸上移動だろ? 船に乗るのは平民や中小の商人がほとんどだよ」
あー、そうか、なるほど……。
前世日本の知識で何となく海軍はエリートってイメージがあったけれど、この世界では大分事情が違うみたいだな。
それで海軍では爵位は関係ないのか……。
「ボルグさん、海軍では爵位より階級ですか?」
「そうだな。陸とは違って、海軍じゃ階級は力のバロメーターだからな。実力がなきゃ階級は上がらない。まっ! 後はこれだ! 言う事を聞かんヤツは、ぶちのめす!」
ボルグさんはグッと拳を握って見せた。
あまり貴族らしくない雰囲気だけど、ワイルドで良い笑顔だ。
「ま、そんな訳で。気楽にボルグと呼んでくれ!」




