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ザーザーと冷たい雨が岩穴の入り口を叩く音が、やけに大きく響く。
ネヴィスさんの大きな上着に包まれているおかげで私は温かかったけれど、狭い空間に訪れた沈黙が少し気まずくて、私はリュックからお弁当箱を取り出した。
「ねえ、ネヴィスさん。温かいスープがあるの。魔法瓶に入れてるからまだ熱いよ。少しでも暖まらない?」
スープを注いだコップを差し出すと、ネヴィスさんはそれを受け取りはしたものの、じっと見つめるだけで口にはつけようとしなかった。
その藍色の瞳には、家で熱を出して待っている妹への、隠しきれない心配が色濃く滲んでいる。
自分のことなんて、これっぽっちも頭にないんだ。
そんな彼の様子を見て、私は少しでも安心させたくて「ルミナちゃん、きっと大丈夫だよ」と笑いかけた。
ネヴィスさんは小さく息を吐き、コップを握る指先に少しだけ力を込める。
「……すまない。気持ちはありがたく受け取る。……それと、アスタ」
ネヴィスさんが、いつになく真面目な、どこか固さの取れた声で私の名を呼んだ。
「礼を言わせてくれ。……ルミナと、友達になってくれてありがとう」
「えっ……?」
まさか彼からそんな言葉が出るなんて思わなくて、私は目を丸くする。
ネヴィスさんは外の雨を見つめたまま、ポツポツと、静かに自分たちの過去を話し始めた。
「私たちの両親は、まだ幼い頃に病で亡くなった。それからは祖父母に育てられたが……その祖父母も数年前に他界した。それ以来、私とルミナは二人きりで暮らしてきた。」
淡々と語られる言葉の重みに、胸がぎゅっと締め付けられる。
たった一人になった家族を、妹を、この人は一人で守ってきたのだ。
「私のこの『藍色』の瞳は、同族の中ではかなり濃い色になる。そのおかげで、私はどこへ行っても周囲から温かく迎えられ、丁重に扱われてきた。……だが、ルミナは違った」
ネヴィスさんの声が、微かに悔しさに震える。
「ルミナの瞳は『七色』……出来損ないの混色だと蔑まれ、落ちこぼれだと爪弾きにされてきた。
私が歓迎される一方で、ルミナは常に冷遇される。その対比が、かえってあの子の心を傷つけ、追いつめているのではないかとずっと不安だった。
確かに、ルミナの魔力値は同族の平均に比べれば極めて低い。だが、それがなんだというのだ。ルミナは誰にも迷惑などかけていない。それどころか、魔力以外のあらゆることを死に物狂いで努力し、少しでも人の役に立とうと必死に生きているというのに……」
「ネヴィスさん……」
「私が表立ってルミナを庇えば、周囲の風当たりはさらに強くなる。ルミナの年頃を考えれば、兄が過保護に介入しすぎるのは、逆に悪手になりかねない……。どう対応すべきか、最近はそれが悩みの種で、困惑していたんだ。だが……」
そこでネヴィスさんは、ふっ、と目尻を和らげた。
「お前と会うようになってから、ルミナの笑顔が本当に増えた。あんなに嬉しそうに、楽しそうに陸の話をするルミナを、私は初めて見たのだ。だから……本当に、お前には感謝している」
何でも一人で完璧にこなしてしまうように見えるネヴィスさんが、妹への接し方に悩み、模索し、不器用なほど必死に戦ってきた形跡と葛藤がそこにはあった。
「ネヴィスさん、そんなの悩む必要ないよ」
私は首を振って、彼の藍色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「ルミナちゃんがあんな環境にいたのに、歪まずに、あんなに素直で真っ直ぐなのは、間違いなくネヴィスさんのおかげだよ。前ね、ルミナちゃんが海の幸の包み焼きを持ってきてくれたの。あれ、ネヴィスさんがルミナちゃんのために作ってくれたんでしょう?」
「……なぜそれを」
「ルミナちゃん、すっごく嬉しそうに『お兄ちゃんが作ってくれたの!』って笑ってたもん。私にとっての家族がそうであるように、ルミナちゃんもね、口に出さなくてもネヴィスさんにものすごく感謝してる。それは見ていればすぐに分かる。たった一人で、そこまで色々考えながらルミナちゃんを守ってきたネヴィスさんのことを、私は本当に尊敬する」
「尊敬、だと……? 私は、ルミナに対する環境を何も変えられていないのに……」
「慣習や価値観を変えるのなんて、誰だって難しいよ。だけどね」
私は一歩、彼に近づいて微笑んだ。
「私やルミナちゃんが、そんなくだらない言葉に負けないで、毎日を心強く、明るく、元気に過ごしていれば……いつか絶対、周りだって認めざるを得なくなる! 私たちがハッピーに生きていれば、見た目なんて関係なく幸せに過ごせるって、一番の証明になるんだから!」
「……っ」
「私もついてるし、ルミナちゃんは強いよ」
ネヴィスさんは息を呑み、藍色の瞳を大きく見開いた。
妹を取り巻く理不尽な環境を一人でどうにかしようと、ずっとずっと、この狭い岩穴みたいに息苦しい場所で、彼は心をすり減らしてきたんだろう。
そんなネヴィスさんに向けて、私の口から出たのは「ただ強く明るく生きればいい」っていう、我ながら単純すぎる根性論だったけれど。
でも、ネヴィスさんの気持ちの負担を少しでも減らせたのではないだろうか。
「……お前は、本当にお節介で……予測不能な人間だな」
ネヴィスさんはそう言って私を振り返り、初めて、小さく、優しく微笑んだ。
寒さのせいだろうか。彼の鼻と耳の先が、ほんのりと赤くなっているような気がした。




