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岩穴の入り口を激しく叩いていた雨の音が、次第に小さくなっていく。
外を覗き込むと、どんよりとした雨雲の隙間から、柔らかな光の筋が差し込み始めていた。
「あ、雨上がったみたい! ネヴィスさん、外に出られそうだよ!」
私が振り返ると、ネヴィスさんはまだ岩陰に腰掛けたまま、じっと私を見ていた。
その瞳は、いつもの冷徹な氷の仮面ではなく、どこか穏やかで、深く、温かい藍色を宿している。
私に少しだけ弱音を吐いてくれたからだろうか。
なんだか、出会った頃よりも少し距離が縮まったような気がして、嬉しくなる。
ネヴィスさんは立ち上がり、私が差し出した大きな上着をそっと受け取った。
「帰るのか」
「うん、早くルミナちゃんにお茶を届けなきゃだしね。ネヴィスさんも、気を付けてね」
岩穴から進み出ると、目の前には輝くような世界が広がっていた。
雨上がりの太陽が海面を照らし、空には大きな虹がかかっている。
「わあ、綺麗……! ネヴィスさん、見て! 虹が出てるよ!」
私がはしゃぎ回っても、ネヴィスさんは虹ではなく、変わらずにまっすぐ私を見つめていた。
雲の切れ間からこぼれた光が、彼の銀髪をきらきらと輝かせている。
相変わらず絵画みたいな美形だなぁ……なんて見惚れていると、彼が静かに口を開いた。
「……アスタ。前、ルミナがお前の目を、我らの国で最も尊い色だと言っただろう」
「え? あー、私はただの普通の黒目だけどね。人間界では特別な価値はないから」
私がいつも通りからっと笑うと、ネヴィスさんは一歩、私に近づいた。
その藍色の瞳が、自ら発光しているかのようにキラキラと揺れている。
「違う。……そう言うな」
ネヴィスさんはそう呟き、さらに私の目をじっと覗き込んできた。
「お前のその瞳が、私には……とても美しく見えるがな」
「っ――!?」
え。今、なんて……!?
頭のてっぺんから心臓まで、一気に火がついたように熱くなるのが分かった。
心臓がバクバクと暴れ狂い、顔が信じられないくらい真っ赤になっていく。
魚人の価値観で褒めてくれたのだろうか。
いや、でも、最初あんなに人間不信だったこの人が、こんなに甘いセリフを言うなんて――。
あまりの衝撃に私が茹だりそうな顔のまま固まっていると、ネヴィスさんはふっと目を細めた。
そして一歩、さらに距離を詰めると、ひんやりとした彼の指先が、私の額にそっと触れた。
「あ……」
驚いて身を竦める私に構わず、ネヴィスさんは真剣な眼差しで、指の腹を私の額に優しく置いた。
そして水流が肌を滑るように、不可思議な形をそっとなぞった。
触れられた場所が、ひんやりと心地いい。
ネヴィスさんが指を離すと、そこには彼の髪と同じ、美しい銀色の光の粒子が、まるで魚の鱗のように一瞬だけきらめいて、すぐに肌へと溶けて見えなくなった。
「……ハーブティーの礼だ。ルミナには、私からよろしく伝えておく」
いつもクールな彼が、ほんの少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
私が真っ赤な顔で呆然と立ち尽くす中、ネヴィスさんはそのまま波打ち際へと歩みを進め、静かに海へと消えていった。
そっと、さっきネヴィスさんが触れた額に手を当てる。
(……今の、何だったんだろう。魚人族の、お別れのスキンシップか何かなのかな。ちょっとひんやりしてて、不思議な感じ……)
彼が去ったあとの海岸で、私は自分の胸の音があまりにもうるさくて、しばらくの間、その場から一歩も動くことができなかった。




