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何度目かの海岸での逢瀬から帰った日の夜。



我が家のリビングは、ちょっとした修羅場(?)を迎えていた。



「アスタ! あなた最近、こっそり誰かと会っているでしょう! お母さん、いいかげんしびれを切らしちゃったわ。お願い、そのお友達に会わせて! 仲間外れなんて嫌よー!」


「そうだぞアスタ! 父さんも、娘の大切なお友達がどんな奴なのか気になって夜も眠れないんだ。頼む、一度我が家に誘ってみたらどうだ!」



お母さん(成人済)がお気に入りのクッションを抱えて床をごろごろと転がり、お父さん(大柄)が涙目で拝み倒してくる。



私が最近、だんだんと大胆に大盛りのお弁当やハーブティーを持って出かけていたものだから、二人の「親バカセンサー」が完全に爆発してしまったらしい。



――いや、会わせてあげたいのは山々なんだけど。



相手は人間嫌いの魚人族で、ルミナならともかく、あの超絶クールで過保護なネヴィスさんだ。



絶対に「人間の家などに行くわけがないだろう」と冷たく一蹴されるに決まっている。



けれど、翌々日の海岸。私はダメ元で、二人にそのことを話してみた。



「……というわけで、うちの両親がどうしても二人に会いたいって駄々をこねてて。無理なら全然断って――」


「行く」



被せ気味に返ってきたのは、ルミナではなく、まさかのネヴィスさんの声だった。



私とルミナは揃って目を丸くする。

ネヴィスさんは腕を組んだまま、すっと視線を水平線へと向けた。



「前回、お前が差し出した陸の煎じハーブティーの効能には、私も少なからず驚かされた。魚人として、受けた恩を仇で返すような真似はしない。……礼を言うための訪問だ。一度だけ、お前の領域へ赴こう」



冷淡な声ではあったけれど、そこに彼なりの誠実な義理堅さが見えて、私は驚いた。



(ネヴィスさんって、思ったより真面目で誠実な人なのかもしれない……)



そうして後日。

ネヴィスさんとルミナが、街はずれにある我が家の庭へとやってくることになったのだ。




**




「わあ……! アスタのおうち、緑がいっぱいでとっても可愛い!」



約束の日。



ルミナとネヴィスさんを伴って家に向かうと、ルミナが目をきらきら輝かせた。



今日は目立たないようにか、暗い色の長いローブを羽織っているが、相変わらず反則級に可愛い笑顔だ。



その後ろには、いつもの冷徹な氷の仮面を貼り付けたネヴィスさんが、周囲を鋭く警戒しながら立っている。



こちらも相変わらず凄まじい美形っぷりだし、放つ威圧感も健在だ。



「よく来たね、ルミナ、ネヴィスさん。さあ、中に入って……って、うわっ!?」



私が二人を案内しようとした瞬間、背後から凄まじい風が吹き抜けた。



「――ようこそ、我が家へ」



いつの間にか、ネヴィスさんの真後ろに、笑顔のお父さんが立っていた。



気配をまったくさせずに、一瞬で距離を詰めるなんて相変わらず規格外に足が速い。



ネヴィスさんが驚愕に藍色の瞳を見開き、咄嗟に身構えたが、お父さんはその肩をポンと優しく叩いた。



「アスタと仲良くしてくれてありがとう。うちのアスタは本当に優しくて賢い、世界一自慢の娘なんだ! 見る目があるな!!」


「……!!」



ネヴィスさんの額に冷や汗がにじむ。

お父さんのあまりにも無駄のない動きに、ネヴィスさんが一瞬で戦慄しているのが分かった。



「まああなた、お客様を驚かせてはダメよ」



さらに、上品な笑みを浮かべたお母さんがテラスから現れる。

お母さんが歩いてくるだけで、周囲の空気が厳かになり、なんだかすごい存在感だ。



「初めまして、ネヴィスくんにルミナちゃん。アスタがお世話になっております。本当に、うちのアスタは世界一可愛い良い子でしょう?」


「……」


「……っはい! 初めまして、ルミナです。わ、私、アスタと友達になれて本当に嬉しいんです!」



親バカ全開のセリフとは裏腹に、両親から放たれる異様な空気に、ネヴィスさんは完全に圧倒され、固まってしまっている。



ルミナは緊張しているものの、とびっきりの笑顔で答えてくれた。



「ねえねえ! あなたがルミナちゃん!? お姉ちゃんから聞いてた通り、本当にお人形さんみたい! お目々もすっごくカラフルできれい!」



そこへ、リンが目をきらきらさせてルミナの手を握りしめた。

純粋に魚人に興味津々な妹に、ルミナも「えへへ、ありがとう!」と嬉しそうに頬を染めている。



「……ふん。別に、姉ちゃんに友達ができたって、僕には関係ないし」



影のように私のすぐ後ろで服の裾をぎゅっと握りしめているのは、アルベールだ。



ネヴィスさんをじーっと睨みつけながら、ツンとした態度を取っている。



「ちょっと、そこの綺麗なお兄さん。姉ちゃんにベタベタ近づかないでよね。姉ちゃんは僕たちの姉ちゃんなんだから……!」


「こら、アル。ネヴィスさんはベタベタ近づいてないし、むしろパーソナルスペース保ちまくりだから」



私が弟の頭をこづくと、弟は顔を真っ赤にして「だって!」と私の背中に隠れた。



心配性の弟なりに、お姉ちゃんの友達審査をしてくれているらしい。

ルミナの方は完全に素通りしているけれど。



ネヴィスさんは、生意気なツンデレ全開の弟を、戸惑ったように見下ろしている。



お母さんが淹れてくれたお茶とクッキーを囲み、賑やかな時間が流れる。



ネヴィスさんは、我が家の独特な空気(主に親バカな両親)に警戒を解けない様子だったけれど、ルミナが楽しそうに妹とお喋りしているのを見て、少しだけ肩の力を抜いたようだった。



「それにしても」



お母さんはネヴィスさんとルミナの瞳を見つめると、一瞬だけ懐かしそうに目を細め、それから優しく微笑んだ。



「本当に綺麗な瞳ねぇ……。ネヴィスくんも、ルミナちゃんも、とても素敵な目をしているわ。見ていると、なんだか懐かしい気持ちになってしまうわね。」



その言葉を聞いた瞬間、ネヴィスさんが弾かれたように目を見開いた。

さっきまで静かにお茶を飲んでいた彼が、信じられないものを見るような目で、お母さんを見つめている。



「……どういうことです……?」



ネヴィスさんが低く、緊張と疑問を孕んだ声で尋ねる。



その時



「二人ともおとぎ話の王子様とお姫様みたいだもの!! 二人もいつか、お父さんとお母さんみたいに結婚するのね!?」



と、横からリンが頓珍漢な感想を爆弾のように投下した。



その場のみんなが固まる中、ルミナだけは「お兄ちゃんと、けっこん!」と大笑いし、ネヴィスさんの追及はそこで完全に有耶無耶になってしまったけれど。



ネヴィスさんは、何か言いたそうにしつつも、楽しそうに談笑を続けるルミナの後ろ姿を見つめながら、そのまま口を閉ざし、静かに考え込んでしまった。



この日は最後までネヴィスさんの言葉は少なかったけれど、私と初めて会った時のような冷たい雰囲気はなく、私の家族を彼なりに受け入れてくれたのではないだろうか。



(ルミナと仲良くなれてよかったけど、ネヴィスさんとももう少し話せることが増えたらいいな)



なんだかんだ、アルベールからの生意気な質問攻めに、生真面目に答えていた彼の姿を思い出し、ふふ、と笑みがこみ上げた。




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