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私の瞳は、七つの色が複雑に混ざり合っている。
魚人の国において、混じり気のない単色こそが美しく、強い魔力を持つ証とされる。
だから、幼い頃から周囲に「出来損ない」と冷たい視線を向けられるのは、私にとって当たり前のことだった。
そんな私をずっと庇い、守り続けてくれたのが、自慢のお兄ちゃん――ネヴィスだった。
お兄ちゃんは国でも数少ない、濃く深い『藍色』の瞳を持つ優秀な人で、みんなの憧れの的だ。
そんな凄いお兄ちゃんが、出来損ないの私のために頭を下げたり、周囲から守ってくれるたび、私はいつも申し訳なさで胸がいっぱいになっていた。
無口で冷徹に見られがちだけれど、本当は誰よりも優しくて、私を大切にしてくれる、大好きなお兄ちゃん。
だからこそ、あの日、お兄ちゃんがアスタに冷たい言葉を浴びせた時は、悲しくてたまらなかった。
アスタは、私の七色の瞳を「カラフルで素敵」だと、生まれて初めて心から褒めてくれた、世界で一番大切な友達なのに。
「お願い、お兄ちゃん! アスタにまた会わせて!」
隠れ里の自室で、私はお兄ちゃんの服の袖をぎゅっと握りしめて必死にせがんだ。
お兄ちゃんは「人間は危険だ」「これ以上深く関わるな」といつもの冷淡な声で反対していたけれど、私は引き下がらなかった。
「アスタは悪い人じゃないの! もしアスタに何かあったら、私、もう二度とご飯食べない!」
「ルミナ、子供のような我儘を言うな。……いや、しかしだな」
お兄ちゃんは眉のあたりをピクリと動かし、ひどく困ったように視線を泳がせた。
冷徹な氷の仮面を被っていても、妹の涙や絶食宣言にめっぽう弱いことを、私は知っている。
お兄ちゃんのその優しさにちょっぴり付け込む形で何度もお願いすると、やがて小さくため息が降ってきた。
「……一度だけだ。私も同行する。ただし、私は一切関知しない。離れた場所から監視させてもらう」
「!!うん! ありがとう、お兄ちゃん!」
こうして、少し奇妙な「3人」での逢瀬が決まったのだった。
**
「ルミナ! 今日の髪型、とっても素敵!」
いつもの海岸へ行くと、アスタがいつもの大きな重箱を抱えて、太陽みたいな笑顔で迎えてくれた。
お兄ちゃんのあの恐ろしい威圧感を浴びたというのに、アスタは驚くほどケロッとしていて、いつも通りに私を抱きしめてくれる。
その強くて温かい腕に、私の胸はきゅんと切なくなるほど満たされた。
「アスタ、これ、お兄ちゃんが作ってくれた海の幸の包み焼きなの。アスタに食べてほしくて、こっそり持ってきちゃった」
「ええっ!? あのお兄さんが作ったの!? え、意外と家庭的……じゃなくて、ありがたくいただくね!」
私たちが大きな木陰でお弁当を広げて楽しくお喋りをしている間、お兄ちゃんは言った通り、少し離れた岩場の影に静かに腰を下ろしていた。
腕を組み、近づく者を誰も寄せ付けないような冷たいオーラを放っている。
通りかかるカモメさえもお兄ちゃんを避けて飛んでいくほどだ。
会話に入るつもりは毛頭ないらしく、彫刻のように美しく静かに、こちらをただ見守っている。
お兄ちゃんは絶対にこちらに近づこうとしなかったけれど、アスタはお兄ちゃんが来るようになってから、それとなくお弁当の量を増やしてくれていた。
「アスタ、お弁当、今日も三人分あるね……?」
「あはは、まぁ、食べてくれないとは思うんだけどね! 万が一お腹が空いたらかわいそうだし、一応ね、一応!」
アスタはそう言って笑う。
お兄ちゃんを無理に輪に引き込もうとはせず、けれど置いてけぼりにもしないアスタの優しさが、私はとても嬉しかった。
アスタはこんなにも優しい人なのに。
それなのに、人間たちは彼女を「魔女」と呼び、その黒い瞳を恐れているという。
私は、その話を聞いても、どうしても信じることができなかった。
あんなに温かく笑う人を、どうして誰もちゃんと見ようとしないのだろう。
最初は「一度だけ」のはずだったけれど、私とアスタ(とお兄ちゃん)の逢瀬は何度も繰り返されていた。
**
その日は少し日差しが強い日だった。
少し強い海風が吹いた瞬間、アスタの麦わら帽子がふわりと飛ばされてしまった。
「あ、しまっ――」
帽子は風に流され、ちょうどお兄ちゃんが佇む岩場の方へと転がっていく。
アスタが慌てて追いかけようとしたけれど、それよりも早く、お兄ちゃんがすっと長い手を伸ばし、地面に落ちる前にその帽子を片手で受け止めた。
「……」
「あ、ありがとうございます!」
お兄ちゃんは無言のまま、手元を見つめることもせず、ただアスタに帽子を差し出した。
会話はそれだけの最低限。
けれど、帽子を受け取ったアスタは、お兄ちゃんの目をまっすぐ見つめて、弾けるような満面の笑みを浮かべたのだ。
「お兄さん、意外と親切なんだね。ありがとう!」
ひまわりが咲いたようなアスタの笑顔を間近で浴びて、お兄ちゃんは一瞬、ほんの少しだけ目を見開いたように見えた。
すぐにいつもの無表情に戻って視線を逸らしてしまったけれど、アスタのあの屈欠のない笑顔は、お兄ちゃんの冷たい心の壁を、確実に少しだけ融かしたようだった。
その証拠に、次に会う約束をした日。
お兄ちゃんは国での仕事で問題が起こってしまったらしく、私にこう言ったのだ。
「ルミナ、私は少し遅れる。先に行っていろ」
「えっ? 一人で行ってもいいの?」
「……あの人間は、少なくとも、今すぐ危害を加えるような人間ではないだろう。だが、監視の義務はある。すぐに追う」
ぶっきらぼうな言い方だったけれど、お兄ちゃんが「アスタは私を傷つけない」と、アスタを信用し始めてくれたのことが分かって、私は嬉しくてたまらなくなった。
私が先に行ってアスタとお喋りをしていると、しばらくしてお兄ちゃんがやってきた。
いつも通りクールに岩陰に座り込んだお兄ちゃんだったけれど、激務の後に急いで海を渡ってきたせいか、その綺麗な顔には隠しきれない疲労の色が滲んでいる。
それに最初に気づいたのは、アスタだった。
アスタはお弁当の包みから、ほかほかと湯気の立つ水筒を取り出すと、迷いのない足取りで、お兄ちゃんのいる岩場へと歩み寄っていった。
「お兄さん、これ。うちのお母さん特製のハーブティーなんだけど、すごく疲労回復に効くから、よかったら飲んでみて」
差し出された水筒を、お兄ちゃんは怪訝そうに見つめ、「……人間の作ったものを口にするつもりはない」と冷たく拒もうとした。
けれど、私はすかさずアスタの隣に並んで、お兄ちゃんをじっと睨みつけた。
「お兄ちゃん、アスタがせっかく淹れてくれたんだよ? 飲まないと私、もうお兄ちゃんの作ったご飯食べないからね!」
「……ルミナ、またそんな我儘を……」
妹からの圧力と、アスタのまっすぐな漆黒の瞳に見つめられ、お兄ちゃんはまたも折れてくれた。
しぶしぶといった様子で水筒を受け取り、口をつける。
「……!?」
一口飲んだ瞬間、お兄ちゃんの藍色の瞳が小さく動いた。
陸の薬草の効果は凄まじかったらしく、みるみるうちにお兄ちゃんの顔から疲労の影が消え、すっきりとした表情に変わっていく。
そのあまりの回復力の早さに、お兄ちゃんは驚いたように水筒の中身を見つめていた。
「美味しいでしょ? お母さんのハーブティ―は本当に凄いんだから! ゆっくり休んでね」
アスタは満足そうに微笑むと、それ以上は押し付けがましくお兄ちゃんに絡むことなく、私たちのいた木陰へと楽しそうに戻った。
(あ、お兄ちゃん、またアスタのこと見てる……)
水筒を持ったまま、お兄ちゃんはいつもよりずっと長い時間、アスタの後ろ姿をじっと見つめていた。
最初の頃の張り詰めた警戒心ではなく、どこか目が離せないといった様子でアスタを観察している。
遠くから距離を保ち、冷徹に見守るお兄ちゃんと、その視線を全身に浴びながらも、気にすることなく笑っているアスタ。
何度も繰り返されるこの愛おしい日常の中で、私の大好きな二人の距離が、ほんの少しずつ、けれど確実に近づいているのを確かに感じていた。




