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3


ルミナと海岸で別れてから、数週間が経った。

私は再会の期待を胸に、東の森の奥へとハーブを採りに行くことを日課にしていた。



そんなある日のこと。

カゴに青々とした薬草を満たし、ふと潮の香りに誘われて海岸の方へと足を向けると――そこには、海風に揺れる、見覚えのある銀色の長い髪があった。



「あ……アスタ!」



私に気づいた少女が、パッと顔を輝かせる。



すっかり足の傷が治ったルミナだった。

今回はぶかぶかの服ではなく、彼女の体にぴったり合った、可愛らしい仕立ての服を着ている。



「ルミナ! 本当にまた来てくれたんだ!」


「うん。約束、したから。足、アスタのお母さんの薬のおかげで、もうすっかり良くなったの。ほら!」



ルミナは嬉しそうにその場でくるりと足元を見せてくれた。

最初の出会いが嘘のように、私に向ける笑顔は純粋で素直そのものだ。



(うっ、元気になったルミナちゃん、笑顔の破壊力がまぶしすぎる……!)



天使のような笑顔を至近距離で浴びせられ、私の脳内は一時停止する。

胸の中でルミナ専用のファンクラブが爆誕し、危うく鼻血を噴き出しそうな理性を、根性でどうにか抑え込んだ。



「良かった! じゃあ、今日はお祝いしよう。ちょうどこれからお昼にしようと思ってたところなんだ!」



(美少女って尊い…!)と悶え狂う心を無理やり笑顔の仮面で隠しながら、私は持ってきた重箱を広げた。

最近は、いつルミナと再会できてもいいように、陸の食材をふんだんに使った特製のお弁当を毎日手作りして持ち歩いていたのだ。



ルミナたちの国は海の幸が中心で、人間の国のようには流通が整っていないらしく、スパイスや陸の果物、そして人間の女の子たちが大好きな「可愛いスイーツ」の文化があまりないらしい。



「わあ……! これ、なあに? すごく可愛い……!」


「それは卵焼き。こっちは陸のハーブで味付けしたお肉だよ。食べてみて」



ルミナはおそるおそる箸を使い、卵焼きを口に運んだ。

次の瞬間、彼女の七色の瞳が文字通りキラキラと輝く。



「……すごく美味しい! 甘くて、あったかくて……。人間の国って、街もお洋服もお菓子も、みんなカラフルで可愛いものがたくさんあっていいな……もっと色々見てみたいって思っちゃうな」



もぐもぐと幸せそうに頬袋を動かすルミナは、完全に小動物のそれで、たまらなく可愛いかった。



**


この日から、ルミナは度々海を渡って会いに来てくれるようになった。



いつものように浜辺に座り、他愛もない話をする。



けれどある時、彼女がふと寂しそうに自分の瞳に触れたのを見て、私は常々気になっていたことを尋ねてみた。



「ねえ、ルミナ。よく目を気にしているけど、どうしたの? 人間の国じゃカラフルな瞳が普通で素敵って言われるんだけど、もしかして魚人の国では違うの?」



私の問いに、ルミナはしおしおと分かりやすく肩を落とした。



「うん……。魚人の目は水晶みたいに輝くから、他の種族にとってはそれだけで価値が高いんだけどね。魚人の間では、単色......一色であることが当たり前で、かつ濃い色であればあるほど、能力が高くて美しいって尊敬されるの。だから、私みたいに色がたくさん混ざっている『七色』の目は、力が弱くて、出来損ないって嫌がられるの……」


「ええっ!?」



私は驚きのあまり、持っていたフォークを落としそうになった。

思わず自分の「真っ黒な瞳」を指さす。



「じゃあ何!? 私のこの、光を全部吸い込んじゃう真っ黒な魔女の目、もしかして魚人の国に行ったらもてはやされちゃう感じなわけ!?」


「うん……。もしアスタが魚人なら、間違いなく国一番の英雄として、みんなにめちゃくちゃモテモテだと思う……。……いいなぁ」



ルミナが生真面目な顔でコクコクと頷くので、私は耐えきれずに大爆笑してしまった。



「あははは! 何それ、私、今すぐ魚人の国に移住しちゃおうかな! でもさ、それって裏を返せば、ルミナの目だってルミナが人間だったら、『なんてこんなにカラフルで素敵なの?』って大絶賛されるってことだよ。お互い、生まれる国を間違えちゃったねえ」



カラッと言い放つと、ルミナは呆気に取られたように目を丸くし、それから本当に嬉しそうに、はにかんだ。



「まあそんなのどうでも良くて、私はルミナの瞳、とっても素敵だと思うけどね。」



私の真っ黒な瞳が、彼女のコンプレックスであるはずの七色の光を、まっすぐに見つめる。



「ふふ、ありがとう。だからね……」



ルミナは照れ隠しのように、星型の焼き菓子の包みを愛おしそうに見つめた。



「前、学園のクラスの子たちに『人間の街の可愛いお菓子を買ってきて』って頼まれた時、混色で、いつも何の役にも立たない私を必要としてくれたのが、すごく嬉しかったの。……お菓子を渡したら、何故かびっくりされたけど、あの子たち、とっても喜んでくれて……」



健気に微笑むルミナの話を聞きながら、私の頭が、ふと冷静に回転を始めた。



(……待って。それって、本当の意味で『頼まれた』の?)



魚人の国では一般的である「単色」の同級生たち。彼らが、わざわざ自分たちより下に置いている「混色」のルミナに、危険な人間の街へのお使いを頼んだ?



人間が魚人の瞳を狙うかもしれないリスクを知りながら、ルミナひとりに危険な真似をさせたのだ。



それは『お願いごと』なんかじゃない。ただの、悪質な嫌がらせ(いじめ)ではないか。



純粋で素直すぎるルミナは、それを「必要とされた」と健気に信じようとしている。

私は、彼女のプライドを傷つけないために、あえてその場では何も言わなかった。



けれど、胸の奥で、静かに、ゴオオオと怒りの炎が燃え上がる。



(人間も魚人も、くだらない奴のやることは同じなのね……。こんな素直で可愛い子に何てことを。全員まとめてお父ちゃんの薪割り台に並べてやりたいわね……!)



「アスタ? どうしたの、怖い顔して……」


「ううん、何でもない! ルミナ、また次も美味しいものたくさん作ってくるからね。これからもずっとここでお喋りしよう。私にとって、ルミナはもう、大事な友達なんだから!」



笑顔でそう告げると、ルミナは「友達……」と、その言葉を噛み締めるように呟いた。



そして、今にも泣き出しそうなほど温かい、最高の笑顔を咲かせた。



「うん! また、絶対にくるね!」



いつものように水平線の向こうへしなやかに泳ぎ去っていくルミナを、私は見えなくなるまで見送った。




**




ルミナと私の秘密の逢瀬が始まって早2か月。



最近、お母さんが買ってくる食材の量が妙に増えている気もするから、たぶん完全にバレているのだけれど、何も言わずにいてくれるあたり、我が家は変わらず平和である。



大切な友達ができた。



その事実が嬉しくて、私は今日もまたルミナと楽しい時間を過ごした後、カゴを背負い直し、鼻歌混じりに帰路へつこうと一歩を踏み出した。



ーーその時。

ザザ、と木々が不自然に揺れ、冷ややかな影が私の前に立ちはだかった。



「……おい、人間」



地を這うような、低く冷徹な声。

びくりとして顔を上げると、そこにいたのは、ルミナと同じ色素の薄い銀髪を持った、息を呑むほど整った顔立ちの青年だった。

しかし、その瞳を見た瞬間、私の身体が硬直する。



ルミナの七色とは違う、それは、海の最深部をそのまま切り取ってきたかのような、恐ろしいほど純度の高い、深い『藍色』――。



魚人の世界で尊ばれるという、圧倒的な強者の証。



「私の妹に、これ以上気安く近づくな」



凄まじい魔力の威圧感を放ちながら、冷酷に私を睨みつけるルミナと顔立ちの似た青年。



(…...なるほど。あの妹にしてこの兄ですか……)



驚きと緊張で身体が動かない。



手元からハーブの籠がゴトリと落ち、その衝撃の美貌から、一瞬たりとも目が離せなくなってしまった。




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