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アスタがくれたお母さんのハーブティーは、まるでおまじないみたいに、私の熱を一晩で下げてくれた。



兄妹揃ってハーブティーのお世話になっちゃった。

アスタのお母さんには感謝しかないわ。



すっかり元気になった私は、あのお節介で優しいアスタとアスタの家族に、何かお礼の品を贈りたくて仕方がなかった。



そんな時、里の同い年の友人たちから「これから人間の町へ買い物に行くけど、ルミナも来る?」と珍しく声をかけられた。

よく魚人が買い出しに行く馴染みの町だ。



いつもは私のことを馬鹿にして仲間外れにするみんなが、誘ってくれた。



それが嬉しくて、私は「行きたい!」と快諾し、一緒にフードを深く被って人間の町へと向かった。



けれど、町に着いてすぐ、私は気づいてしまった。



みんなは私を囲むように歩きながら、わざと人混みの多い路地へと誘導している。



コソコソと目配せし合って話している内容が、かすかに聞こえてしまったのだ。



「――ここらへんでいいでしょ。ルミナを撒いちゃおうぜ」


「賛成。最近なんか調子乗ってるし。出来損ないの七色だって、懲らしめないと」



胸が、ツンと痛くなった。

みんなは最初から、私を置いてけぼりにして困らせるつもりで誘ったのだ。



悲しくて足が止まりそうになった、その時だった。



突然、強い突風が路地裏を吹き抜けた。



「あっ……!」



前を歩いていたリーダー格の男の子のフードが、風で大きくめくれ上がってしまう。

運悪く、その先には柄の悪い男たちがたまっていた。



「おい……! 今、あいつの髪の隙間から見えた『青い目』……水晶みたいな反射しなかったか? 魚人族のガキかもしれねぇ!」


「マジかよ! 網を出せ! 捕まえろ!」


「ひっ、は、離せ……!」



男の子が、パチパチと不気味な光を放つ魔力封じの網を持った人間に腕を掴まれ、悲鳴をあげた。



他の友人たちは、真っ青になって一斉に数歩下がった。



「やばい、魚人だとバレる! 巻き込まれるぞ!」


「あいつがドジ踏んだのが悪いんだ、しょうがない、置いて逃げるぞ!」



さっきまで仲良く笑い合っていたはずの仲間を、みんなは恐怖のあまり見捨てて、一斉に背を向けて走り出した。



信じられなかった。同じ種族の仲間なのに。



いつも私を『魔力が低い出来損ない』だと爪弾きにするくせに、自分たちが危なくなったら、才能があるはずの仲間だって平気で見捨てるんだ。



それでも怖くて、一瞬、私も逃げようと背を向けた。



(ううん、駄目。ここで逃げたら、みんなと同じになっちゃう)



脳裏に、いつもどんな偏見にも負けず、真っ直ぐに笑っているアスタの姿が蘇る。

アスタなら、きっとここで逃げたりしない。困っている人がいたら、絶対に手を差し伸べる。



「……私だって、絶対に逃げない!」



私は、逃げ出そうとするみんなとは逆に、男たちの前へと飛び出した。



「こっちだよ、人間さーんーーっ!!」



私は思い切り地面を蹴り、大声をあげて自分のフードを大きくはぎ取った。



太陽の光を浴びて、私の『七色の瞳』がキラキラと鮮やかに輝く。



「なっ……なんだあの目は!? 七色……おい、あんな極上の色彩、見たことないぞ! 特級品だ!」


「こっちの青目なんかより、あの七色の方が何百倍も高く売れる! 追え、絶対に逃がすな!!」



狙い通り、男たちの目が一斉に私に向けられる。



人間たちの注意が私に向き、捕まっていた男の子の拘束が一瞬解かれる。



私は男の子に向かって「早く逃げて!」と叫んだ。



男の子が運よく逃げられたのを見てホッとした。



けれど、人間の大人たちの足は速かった。

私はすぐに取り囲まれ、上空から振り下ろされた不気味な網の中に、無残に捕らえられてしまった。




**




数刻後、魚人族の隠れ里。



「――ルミナはどうした」



買い出しから戻ってきた若者たちの前に、氷のような冷気を纏ったネヴィスが立ち塞がった。



アスタにお礼の品を買いに行くと言って楽しそうに出かけた妹の姿が見えない。

それどころか、戻ってきた連中は一様に顔を青ざめさせ、ガタガタと震えている。



慣れた町とはいえ、考えが甘かったか。



「なぜルミナが一緒にいない。答えろ」


「ひっ……!」



ネヴィスは一人の胸ぐらを掴み上げた。



「ネ、ネヴィスさん、違うんだ! 人間に見つかっちゃって……ルミナが、勝手に囮になって捕まったんだよ!」



若者たちは怯えながら、町での出来事を一気に吐き出した。



自分たちが仲間を見捨てて逃げようとしたこと。

それをルミナが身代わりになって助けたこと。



ネヴィスの藍色の瞳が、怒りでどす黒く濁っていく。

若者たちはその恐ろしさから逃れるように、言い訳を並べ立てた。



「で、でもさ……! ルミナって魔力もほとんどないし、目も出来損ないの七色じゃん? ほら、俺たち種族としては、あいつが捕まっても大した損害じゃないっていうか……。お兄さんも最近何も言わなかったし、やっぱりお荷物だったんじゃないの……? だから、そんなに怒らなくても――」



ピキ、と周囲の空気が一瞬で凍りついた。

ネヴィスの全身から、これまでに見たこともないほどの凄まじい殺気と、圧倒的な魔力が爆発する。



「貴様ら……二度とその汚い口で、ルミナを侮辱するな……!!」



地鳴りのような咆哮と共に、ネヴィスは若者たちを力任せに突き飛ばした。

魚人の価値観でしかモノを見られず、命の尊さすら理解しない同族への、激しい嫌悪と激怒。

ネヴィスは振り返ることもなく、地を蹴って人間の町へと狂ったように駆けた。



人間の町に入れば、ルミナのいる場所は、幼い頃、彼女の額につけた魔法の残滓ですぐに分かった。



薄暗い裏路地の最奥、大きなテントがいくつか張られていた。



その中央にある檻の中に閉じ込められたルミナの周りで、男たちが「おい、この七色の目はいくらで売れると思う!?」と下品に笑い合っている。



次の瞬間、頑丈な檻の扉が、凄まじい水流の濁流によって粉々に吹き飛んだ。



「うわああっ!?」


「な、なんだぁっ!?」


「私の妹を、返してもらう……!!」



言葉を交わす間すら与えず、ネヴィスは激しい水流の弾丸を放ち、一瞬で周囲の見張りをなぎ倒していく。



「お兄ちゃん!?」


「ルミナ!」



ネヴィスは急いで檻に駆け寄り、中からルミナを抱き上げて救出した。



これでおしまいかと思われた、その時だった。

建物の影から、さらに十数人もの人間の高位魔術師たちが現れた。



魚人が珍しいからだろう。かなり大人数の応援が潜んでいたようだ。



「ははっ、網にかかった獲物を助けに、もう一匹飛び込んできやがったか!」


「おい見ろ、後から来た奴の目も濃い藍色の水晶球だ、上等な宝石になるぞ! だが、まずはあの七色のガキを最優先で捕まえろ!」


「 大人の魚人はなかなかに厄介だ。気をつけろ。傷がついてもいい、ボロボロにしてでも動きを止めろ!!」



次々に放たれる電撃の魔法と、魔力封じの鎖。

ネヴィスはルミナに攻撃が当たらないよう、自分の身体を盾にしながら必死に応戦する。



けれど、多勢に無勢。



さらに魚人を捕らえるための特殊な罠により、ネヴィスの綺麗な銀髪が、みるみるうちに泥と血で汚れていく。



「お兄ちゃん、もうやめて! 私のせいで……!」


「平気だ、ルミナ……!」



ネヴィスはバキッと鎖の一本を力任せに引きちぎり、ルミナの腕を強く掴んだ。

ボロボロになりながらも、その藍色の瞳は信じられないくらい強く輝き続けている。



「走れ、ルミナ。時間をかせぐ。……アスタのところへ行け」


「え……? でも、お兄ちゃんは――」


「あいつなら、お前を絶対に守ってくれる。……それに一人の方が戦いやすい。……早く行くんだ!」



泣きながらも、ルミナが街の雑踏の中に走り去っていく気配を感じ、ネヴィスは微かに安堵する。



直後、背後から押し寄せる男たちに組み伏せられ、魔力を奪う呪符を何枚も貼り付けられた。



自由を奪われ、冷たい床に叩きつけられながらも、ネヴィスはただ、妹が、自分が、唯一信用している人間の元へ辿り着くことだけを、強く、強く願った。




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