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亀裂

週が明け、月曜日。

愛美はまたコールセンターの受付嬢としての顔で出社した。

佐江は愛美に声をかけようとしたが⸺一瞬の躊躇いを見せた。

明らかに顔色が悪い。化粧で誤魔化してはいるが、長年の付き合いの佐江にはわかる。

愛美のコンディションが悪いとき⸺特に胃腸に来ているときはすぐにわかるのだ。

青ざめた顔。頬はやつれ、ただでさえ細い手足がより細く見える。

「愛美…。ねえ…、悪いこと言わないからもう夜職はやめなよ…。お酒強くないのに…。吐いたでしょ…?」

佐江がそう話しかけると愛美は無理に笑顔を作りこう答えた。

「大丈夫…。ちょっと昨日飲んだお酒、度数が強かっただけだから…」

佐江は神妙そうにその顔を見ていたが、やがて愛美の肩を掴むと真っ直ぐにその目を見据えてこう言った。


「悪いこと言わない。辞めな。アンタボロボロになっちゃう…見てられないよ…。ねえ、心配してるんだよ…?その…推しに夢中になるのは悪いことじゃないけど、身体に無理させてまで…」

だが、愛美は薄っすらと笑うとこう返した。

「本当に、本当に大丈夫だから。ね?」

それを聞いた佐江は愛美の肩を掴む手に力を込めて、はっきりと言った。

「辞めな。だめだよ。友達がボロボロになってくの、アタシが黙って見てられると思う?できる範囲で推し活していけばいいじゃん!!」

懇願に近い説得。

愛美は一瞬ビクリと肩を震わせたが⸺静かにこう返した。

「佐江…。佐江はさ…同棲中の彼とよく眠れてる…?私はね…推しにお金を払わないと眠れないの。どんな睡眠薬も合わなかった!!ヒーリングミュージック、お香!!整体までやったわ!!それでも眠れなかった!!佐江はいいよね!?彼氏さんの腕の中で暖かく眠れて…!!私は…私は…!!」


センター内にその叫びが響く。

愛美は目に涙を浮かべながら肩で息をしている。

佐江はその剣幕にたじろいだが⸺やがて愛美の肩から手を離すと冷たく言い放った。

「…勝手にすれば…。」

その日は終業まで二人に会話はなく、愛美は帰り支度をすると帰路でインソムニアに電話を入れる。

そして鵺を指名するとさっさとシャワーを浴びてそわそわと来訪を待つ。外した腕時計の秒針の音がやけに煩い。期待につま先がムズムズと動く。

そして⸺19時過ぎに鵺がやってきた。

鵺は愛美の顔を見るなり一言。

「夜鷹から聞いた。夜職始めたんだって?…無理はしてほしくないんだけど…。」

黒いマスクを外したその顔には今朝の佐江のような心配の色が滲み出ている。

チクリ、と愛美の心が痛む⸺が。

愛美は一言。

「だって、鵺に会いたいから…。始めて?ぐっすりと眠れるような快楽を私に…」


鵺は愛美の待つベッドに足をかけると、手際よくパジャマの上を脱がせてゆく。その所作だけで既に愛美の目は恍惚に満ちている。

鵺は愛美をうつ伏せに寝かせるとまずその凝り固まった肩をゆっくりとほぐしてゆく。

首筋から肩にかけて滞っていた血流が一気に流れ、身体がホカホカと暖まってゆく。

だが、愛美はそわそわとつま先を動かしたまま、一言。

「これで終わりじゃないでしょう…?」

上気した頬。潤んだ瞳。

それを見た鵺はそのそわそわと動くつま先を口に含んだ。

ビクリ、と愛美の身体が跳ねる。

「鵺!?待って…そんなところ…!!」

だが鵺は止まらない。足の指の1本ずつを丹念に舐め上げて⸺そしてその小さな足の裏に舌を這わせてゆく。

愛美の背中に電気のようなものが走り、切なげな吐息が漏れる。

つぷ、と音を立てて右足の薬指と小指の間に鵺の舌が入り込んだ瞬間だった。

「あ……ああッ…鵺…!!」

愛美はその背中を弓なりに反らして絶頂を迎えた。

ベッドサイドのデジタル時計の青色が滲む。

そしてそのまま愛美は深い快楽と共に真っ暗な眠りに落ちていった。


鵺は唇を拭い、愛美が眠りに落ちたのを確認するとスマートフォンを取り出し何処かへ電話をかける。

5コールほどして出た相手⸺夜鷹に鵺は詰め寄る。

「夜鷹。愛美に何を言った。」

電話の向こうで夜鷹は嗤いながら一言。

「別に?俺の顧客のいる店にいたからお前の匂いとメスの匂いがする。そう言っただけだよ。」

その言葉に鵺の瞳に怒りが滲む。

「お互いの顧客間に対しての手出しは無用のはずだ、夜鷹。」

その言葉に夜鷹は声を上げて嗤いながらこう返した。

「手は出してないだろう?ただ感じたことを言ったのみ。俺も忙しい。切るぞ」

ブツリ、と音がして電話が切られた。

「鵺…ねぇ…」

ハッとして振り向くと愛美が涙を流しながらうわ言を言っている。

鵺はスマートフォンを投げ捨てると急いでその身体を毛布ごと抱きしめた。


「どうして…こうなってしまうんだろうな…。そして君はいつ俺を…思い出してくれる…?」

月が煌々と高く登る。狭いワンルームで眠る愛美の涙にそれが反射して、まるでダイヤのようなプリズムを放っていた。

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