解熱
「…ん…。」
愛美は身体にまとわりつく不快感で目覚めた。
びっしょりとかいた汗。
そして開いた目の先にいたのは⸺穏やかに微笑む鵺。
「起きた?」
その声に弾かれるように愛美はベッドから抜け出した。
先程までの記憶がだんだんと蘇り⸺愛美は赤面すると狭いアパートの壁に背中をつけてへたり込む。
「私…その…あの…っ…」
言葉を紡ごうとしても空回るばかり。
無理もない。ほぼ初対面の男性に縋りあろうことか絶頂まで見られ、今まで抱きしめられていたのだから。
鵺はそんな愛美を見るとニコリと微笑んで一言。
「よく寝てたよ。ぐっすりとね。ほら。」
そう言って時計を指差す。
ベッドサイドに置かれたデジタルの時計は青く02:38の表示。
鵺が訪ねてきたのが午後16時半ごろ。少なく見積もっても8時間ほどは眠りに落ちていたようだ。
愛美は蚊の泣くような声で呟く。
「どうしよう…」
それを聞いた鵺はクスリと笑うとこう言って愛美にタオルを手渡した。
「どうしようもなにも良く眠れたんならそれでいいじゃないか。シャワー、浴びておいで。」
愛美はタオルを受け取りシャワールームへ向かう⸺その瞬間。自分の足取りがやけに軽いことに気がついた。
そういえば頭痛もない。額に手を当ててみるが熱さも消えている。
それを見た鵺は一言。
「あれだけ気持ちよく汗をかいたら熱もひくさ。さ、ぶり返さないうちにシャワーに行っておいで。」
愛美はシャワーを浴びながら先程までのことを思い返す。
下腹部にトントンと⸺ごく軽い刺激だけで果ててしまった、その事実が如何しても受け入れがたい。
「⸺ッ!」
思い返しているうちにあのあられもない姿の自分が蘇り、思わずシャワールームでしゃがみこむ。
「あんな…元カレよりもずっとすごいの…どう理解しろって言うのよ…」
口をついて出た言葉はそのまま、シャンプーと共に排水溝に流されていった。
シャワーから上がると鵺はマスクをつけ、愛美に体温計を差し出す。
「ごめんね。薬箱、勝手にいじらせてもらった。計ってみて?」
おずおずと体温計を受け取ると脇に挟むこと数十秒。
ピピッという無機質な電子音と共に表示されたデジタルの文字は36.4。
「良かったね。それじゃ俺はこれで。」
立ち去ろうとする鵺を愛美は慌てて引き留める。
「待って!その…お会計とか…私こういうサービス初めてで…その…よくわからなくて…」
もじもじと俯きながら話す愛美をみて鵺はふっと声を出して笑うと一言。
「初回のお客様はサービスとしてお代はいただきません。それより髪の毛…早く乾かしてね。おやすみ。」
そう言って鵺は去っていった。
髪の毛を乾かしながら愛美は逡巡する。
いくら何でもだ。あれだけ長い時間共にいてタダ。そんなはずはない。
しかし考えども考えども答えは出ず⸺髪がすっかりと乾く頃には愛美は再び深い眠りに落ちていった。
人通りの少ない夜道を鵺は歩いてゆく。と、背後に冷たい視線を感じて振り向くと⸺そこには同業者の梟が立っていた。
夜の絶対的な王者にしてインソムニアの代表。体つきはガッチリとして、ぱっちりとした瞳は怒りで吊り上がっている。
梟はジリジリと鵺に近づくと胸ぐらを掴み、一言。
「鵺。何故報酬を回収しない?初回無料なんて俺は決めた覚えはないんだがね?」
鵺の体がほんの数cm宙に浮く。
圧倒的な腕力。まるでネズミを捕らえた梟の脚のようにもがけど離してはくれない。
鵺は咳き込みながら懐から財布を出すと地面に叩きつけ、こう言った。
「ここから…っ…抜けばいい…!!気が済むだけむしって行けよ…!!」
その言葉に梟はパッと手を離すと鵺の財布から2枚の10000円札を抜き取り、そのまま投げて返した。
「次はないからな。私情は挟まない。それがインソムニアのルールだ。」
いきなり手を離されて地面にへたり込んだ鵺を見やると梟はそのまま去っていった。
鵺は未だ咳き込みながら、月明かりの照らすその後ろ姿をただ眺めていた。




