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浮揚する羽

結局のところ愛美はろくに眠ることができず翌朝を迎えた。

のろのろと制服に着替えると薄手のカーディガンを羽織り、ゼリー飲料を啜りながら出勤する。無意識に零れ落ちる溜息。

自分のデスクにつくと佐江が心配そうに顔をのぞき込んできた。

「また…眠れなかった?」

愛美は力なく首を縦に振る。

「ねえ…顔色ヤバイって…せめて睡眠薬とか…」

言葉を続ける佐江に愛美はゆっくりと首を横に振った。

「だめなの…。軽いものから、って出していただいたものでも…翌朝気持ち悪くて起きられなくて…。」

佐江はその言葉に沈痛な面持ちを向けるが⸺容赦なく始業時間とともにオペレーター室の電話が鳴り響き始めた。


その日も愛美は悪質なクレーマーに捕まりネチネチと文句を聞かされること1時間。ようやく電話を切ったかと思うとまたかかってくる電話。こんどは柔和そうな初老の女性だったが、リモコンの使い方がわからないとかで1から教えること30分。

それでも使えない、そう言われて愛美は頭を抱え込む。

「もう一度電池を交換してみてはいかがでしょう?」

努めて明るい声でそう言うと⸺電話先の女性は寝不足の頭に響く声でこう言った。

「あらやだ!電池…逆に入れていたわ…ごめんなさいねぇ〜」

思わず脱力する愛美だったがそれを気取られぬように一言。

「解決してなによりです。またご用件があればいつでもお待ちしております」


コールセンターは0時で1時間ほどの休憩に入る。

愛美は力なくもそとそとコンビニのサンドウィッチを口にすると、大きなため息をついた。

佐江がやってきて愛美の額に手を当てる。

「ねえ…愛美なんか熱っぽくない?」

愛美はやっとのことでサンドウィッチを咀嚼すると、

「そう?」

と一言。

「絶対に熱あるって⸺ほら!!」

佐江は備え付けの救急箱から体温計を取り出すと半ば強引に愛美に押し付ける。

無機質なデジタル音が響く。

表示された文字は37.6。

「愛美、だめだよ。早退しな?」

佐江はそう言うと早退申請書をデスクから出して愛美に突き付けた。


確かに、会社の規約では37.5℃以上は早退に値する。

愛美はのろのろとそれに文字を書き込むと直属の上司に体温計と共に手渡す。

上司はあからさまに嫌な顔をしながらも⸺愛美は早退の許可を得て帰宅することとなった。

最早電車に揺られているのも辛い。金銭的な心配はあったが⸺背に腹は替えられぬ。愛美はタクシーを呼ぶと自宅アパートへと帰っていった。


自宅へつき、もそもそとカーディガンを脱ぐと何かがはらりと落ちた。愛美はそれを手に取る。

昨日の名刺だ。

「快楽と眠りのサポート致します。添い寝代行インソムニア 鵺」

愛美はしばしそれを眺めていたが⸺回らぬ頭でのろのろとスマートフォンを取り出すと書かれている番号に電話をかける。

3コールほどで相手が出た。

「添い寝代行インソムニアです。ご利用は初めてでしょうか?」

若い男性の声。

愛美はいくつかの質問に力なく答えてゆく。

そして最後に電話先の男性がこう言った。

「それではパートナーをお選びください。」

愛美は力なく一言。

「この名刺をくれた鵺さん…空いてますか…?」


電話が終わり愛美はベッドに身を投げる。寝具が優しく体を包むが⸺眠気は訪れてはくれない。

「なんで…?」

愛美がそう呟いたその時だった。

インターフォンが鳴らされる。

愛美はのろのろと立ち上がるとチェーンをかけたまま、ドアを開ける。

そこには昨夜会った男性⸺鵺が立っていた。

愛美はチェーンを開けると、鵺が一言。

「やっぱり…もう何日寝ていない?」

愛美は首を横に降る。もうどのくらい寝ていないのかもわからない。

鵺はマスクを外すと愛美をベッドに横になるよう促す。殆どの思考を極度の睡眠不足で削がれている愛美はのろのろと⸺ほぼ無意識にベッドに横になった。

キシ、とベッドが音を立てる。


ぼんやりする頭で鵺の顔を見る。自分よりは多少若いか、同い年くらいだろうか。一重だが切れ長で色香のある瞳。スッと通った鼻筋に色素の薄い肌。

その顔が少しずつ近づいてきて、耳元で一言。

「脱いで。お腹だけ出せる?」

その一言に熱にうなされていた愛美も流石に一瞬吃驚したが、おずおずとブラウスをたくし上げる。

「もう少し下も…下腹部ギリギリくらいまで…」

躊躇いながらも愛美は寝そべったままスカートを脱ぎ捨てる。

「それでいい…嫌ならはっきり嫌と。始めるよ。」

鵺はそう言うとゆっくりと愛美の下腹部に円を書くように触れていく。

「ぁ…」

ピクリと体が跳ね、思わず吐息が漏れる。

それを見た鵺は次は女性の一番大切な器官⸺子宮のあたりを優しくトントンと叩き始めた。


「待って…ふぁ…っ」

愛美から切な気な声が漏れるが鵺は神経を集中させてゆっくりとそこをトントンと叩いていく。

ただでさえ熱い愛美の体が熱を帯びてゆく。

「いいんだ…自分に素直になって…声も我慢しなくて良い…」

熱を持った声。耳元でそう囁かれた刹那⸺愛美の体が弓なりに大きく跳ねた。

「んん…!!んッ…!」

目に滲む涙と共に快楽が押し寄せる。

必死で呼吸を整えていると鵺がスッと毛布をかけ、その毛布ごと愛美を抱きしめてこう言った。

「絶頂したでしょ…?いいよ、このまま寝てしまうといい…起きるまではここにいる…」

愛美は何か返事を返そうとしたが⸺本当に数ヶ月ぶりの睡魔が襲ってきてあっという間に眠りの底へ落ちていった。

前のパートナーとの事後の微睡みよりも深く、深く真っ暗な世界へと⸺愛美は誘われていった。


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