西園兄弟/病棟301号室
時間は少し遡る。
愛美⸺雲雀からの電話を切った亜里沙は朝焼けを眺めながらぼんやりと考えていた。
「本当に話しちゃって…良かったのかな…。でも…。」
派手な装飾の施されたネイルを眺めながらポツリと呟く。
以前一度だけ、どうしても気持ちを抑えきれず梟に尋ねたことがあった。いつまでこんなことを続けるのかと。気持ちをわかっていながらどうしてきちんと抱いてくれないのかと。
その時梟が漏らした一言⸺
「金がいる。燕…妹の手術費用だ。自分だけ恋人を作って幸せになる時間などない」
「梟…。でも貴方はそれでいいの…?」
亜里沙は虚空に語りかけたが⸺当然のように返事はなかった。
同時刻。都内の総合病院、心臓外科の301号室。
個室に掲げられたプレートには西園燕の文字。
18.9だろうか。痩せ細り窓の外を眺める少女がいた。
「お兄ちゃんたち、何してるかな…そろそろ会いたいな…。」
時間を見ては会いに来てくれる兄たち。
自分の病が優しい兄たちを振り回している⸺その事実が胸に刺さる。
「治らないなら治らないで…お兄ちゃんたちに看取られて…お父さんとお母さんのところに行きたい…」
燕はそう一人ごちるとそっと窓の外を眺めた。
あちこちへと飛び交うツバメたち。
「同じ燕でも…私とは大違いね…。」
そう自重気味に笑うと燕はカーテンを締めた。
西園家の両親は他界。真一18歳、啓二16歳、そして燕が10歳の頃だった。そして折悪く同時期に燕の心臓に問題があることが発覚した。すぐに精密検査が行われ、下された判断は国内でオペをできる医師はいないという無情なものであった。
真一は高校を中退し、とにかく金を稼ぎ20の頃にインソムニアを設立。啓二は高校卒業後、同じように働きに働いて今の立場にある。
「俺はいいから、お前は治すことに専念するんだ。高校も通信でなら行ける。」
真一がそう言ってぽん、と手を置いた頭に無意識に燕は手を伸ばす。
「勉強は俺が見るから…一応高卒だしね。燕は何も心配しないで…。ね?」
啓二の優しい微笑みが脳裏をよぎる。
「私…わたしは…。」
燕がそう言って枕を抱きしめたその時だった。
バタバタと足音がして主治医が飛び込んできた。
まだ回診の時間には早い。
「あの…」
燕がそう言おうとしたのを遮り、主治医は汗を拭きながら口早にこう告げた。
「西園さん。お兄様たちから渡航と米国での手術資金が溜まったと…連絡が…!!同意書にサインを!!治ります!あなたのその心臓を蝕み続けた病から解放されるんですよ!!」
燕は暫しの間きょとんとしていたが⸺やがてハッとして主治医に尋ねる。
「え…だってお金…一億はかかるって…。」
燕の心に嫌な予感がよぎる。
兄たちは何か⸺とてつもない悪事を働いたのではないか。そんな燕の様子を察してか主治医が言葉を続ける。
「寄付です…!お兄様のお仕事関係の方からの寄付…!何も心配はいりません、さあ、書類を書いてしまいましょう!」
燕は暫しの間呆然として⸺そしてその小さな頬に涙が流れる。
「お兄ちゃん…!」
清らかな涙が布団を濡らしてゆく。
無意識に手を組み何かに祈る燕を主治医と、少し遅れて回診に来た看護師たちは慈愛の表情で眺めていた。
ほぼ同時刻、インソムニア。
雲雀は大あくびを隠そうともせず、リムジンへと乗り込むと一言。
「あとはお前たちの好きにおし。ただ、条件があるよ、小鳥遊愛美。」
愛美はビクリ、と肩を震わせたが雲雀の目をじっと見据えてこう返した。
「タダで助けてもらおうなんて毛頭思っていません。何でもできる事はやります。」
視線が交差する。
雲雀はフン、と鼻を鳴らすとあるものを愛美に投げつけた。
濃紺のメイド服。昔ながらの木綿の生地でできたそれはずっしりと重い。
「ウチで雇ってやる。働いて返しなさい。ただわたしは機嫌が悪ければ容赦なく当たるし、お前が不出来なら容赦なく打つよ。」
愛美の胸に佐江の顔がよぎる。もう親友のいるところには戻れない。それでも⸺
「わかりました。貴女に仕えます。容赦なく躾けて頂いて構いません。その代わり⸺」
愛美は暫し言い淀んでから、はっきりとこう告げた。
「鵺…いえ、コタちゃんにしっかりとした手当てと喘息のお医者様をつけてください。どうか…。」
鵺⸺虎太朗はそのやり取りを眺めていたが、やがて愛美の肩を抱き寄せると雲雀に向かってこう告げた。
「俺も働きます。掃除でも庭師でもなんでもいい。1から叩き込んでください。愛美と一緒にいられるのなら飼い殺されるのも本望です。」
雲雀はそんな二人を見て再度フン、と鼻を鳴らすと一言。
「好きにおし。ただし音を上げるんじゃないよ。その時は容赦しない。」
梅雨の晴れ間の朝日に鳥たちが囀りを始める。
新たな朝にそれぞれの胸に新たな決意が宿っていった。




