命の値段
「俺にも、この女にも、インソムニアにも…?」
一瞬の静寂のあと梟が口を開く。
「そうだよ?」
と雲雀は答えると付き添いのメイドになにやら指示をする。メイドたちは踵を返しリムジンへと戻っていった。
そして数分後⸺台車に乗せられたジュラルミンケースが5つメイドたちによって運ばれてきた。
「5億ある。うち一千万は鵺の解放に。うち4億はインソムニアへの私からの詫び…まあ迷惑料だ。残りは…そうだな。お前の妹…燕の手術代にでも充てるといい。海外での手術しか道がないのだろう?」
燕。
その名を雲雀が口にした途端、梟は逆上して雲雀の肩を掴む。
「最初から全て、全て持ってるあんたに何がわかるってんだ!燕は俺が…俺が治すと決めて…だからこうしてインソムニアを…」
雲雀は眉一つ動かさずに言葉を続ける。
「最初から全て持ってる…?あぁ、そうかもしれないね?少なくともカネに関しては…だけどね、梟…いや、西園真一!後から奪われた苦しみは私にだって理解できるんだよ!そうしてお前が独りよがりするのは勝手だ!!だが一刻も早く手術が必要なんだろう!!」
小さな躾部屋にビリビリと響く声。
と、その時だった。
「う…。」
鵺が小さな声を上げて浅く呼吸を繰り返し始めた。
時折ヒュ、ヒュ、という喘鳴を交えながら。
「鵺…!!」
愛美はカーディガンのポケットから吸入器を取り出すと鵺の口にあてがい、小さなボンベを押す。
シュッと音がして薬液が鵺の口内に広がり⸺鵺は反射的にそれを一つ残らず吸い上げる。
たちまちに気管を通った薬液は鵺の呼吸を取り戻していく。
「どうして…」
掠れた声で鵺が愛美に尋ねる。
愛美は安堵の混じった声でへにゃりと笑いながら、
「忘れ物…やっぱり鵺のだったんだね…ううん…コタちゃん…あなたは椎名虎太朗。そうなんでしょう?」
と返す。
「俺は⸺」と言葉を続けようとする鵺に愛美は抱きすがりながら、
「もういい…もう全部わかってる…大丈夫だから…」
と諭すように語りかける。
その時。
カウンターの奥から青葉梟がふらふらとやってきた。
「兄さん…。剣菱のお嬢さんの言うとおりだ…受け取ろう…燕には一刻も早い手術が…」
雲雀はチラと青葉梟の方を見やると、一言。
「弟の方は物分りが良いじゃないか…なぁ、青葉梟…いや、西園啓二…。で、どうするんだ!受け取るのか受け取らないのか!!意地やプライドで治るものなら受け取らなくてもいい!!でもそうではないのだろう!!決断しろ!!西園真一!!」
雲雀の剣幕にやや押されながら梟は一歩ずつ後ずさる。
「俺は…俺は…!!燕に生きてほしい…。でもこの金を受け取ったら俺達のやってきたことは…?なんの意味があった…?」
うわ言のように呟く梟を見てようやく烏が口を開いた。
「意味は…ありましたよ、ボス…。眠れない女たちを眠らせることができた…それだけで充分なんじゃないでしょうか…。」
烏のその言葉を聞いて梟は頭を抱えながら叫び声をあげる。
「あああっ…ああああ…!!」
悲痛な叫び。
そしてしばしの静寂。
梟は顔を上げると、雲雀に近寄り恭しく頭を垂れてこう言った。
「ご厚意…ありがたく頂戴いたします…この礼は必ず…。」
雲雀はフン、と鼻を鳴らすと一言。
「そんなもんは期待してないよ。迷惑料だと言ったろう?元々規律を破るようなことを示唆したのも私だ。鞭で打たれなきゃいけないのも私。それにね…あまり私を舐めるんじゃあないよ?5億ごときすぐに取り返せる。」
時刻は午前6時を回っていた。見事な朝日が高く登り始め、開け放たれたバーMoonlightのドアからインソムニア、そして躾部屋まで射し込む。
そこには夜を統べる鳥たちからヒトへと戻った者たちがそれぞれの思いを胸に立ち尽くしていた。




