暁に疾る
そのまま剣菱邸で待つこと10分ほど。
大きな中庭に1台のリムジンが停められた。
雲雀は欠伸を隠そうともせずに、すっかりと身支度を整えてメイド二人を連れてリムジンに乗り込む。
「烏。愛美。おいで。」
そう言われて愛美がおずおずとリムジンに乗り込むと、黒い革張りのシートに、中央には大理石のテーブル。
雲雀は白鷺に、
「アレは積んであるね?よし。じゃあ家のことは任せたよ。」
と声をかける。白鷺が恭しく礼をするとリムジンは走り出した。
「…で?策はあるの?」
眠たげな雲雀がメイドに化粧を施されながら愛美に話しかける。
「いえ…。あ、でももしかしたら…。あの、電話をしても?」
愛美の問いかけに雲雀は首を縦に振ると、愛美はスマートフォンを取り出して何処かに電話をかけだした。
10コールほどしただろうか。電話の相手は不機嫌さを隠そうともせずに応対する。
「アンタ…人に喧嘩売って辞めておいて、この時間に電話とかいい度胸してるじゃない…」
愛美は一瞬たじろいだが⸺そのまま話し続けた。
「亜里沙さん。あなたは…梟の顧客でしたよね。何でもいいんです!!梟に関すること、教えてください!!お礼はします。私が気に入らないなら殴ったって構わない!だから…!!」
涙を滲ませ切実に訴える愛美を見て雲雀はひょい、とスマートフォンを取り上げると亜里沙に向かってこう言った。
「亜里沙、久しぶり。私だよ。剣菱だ。オーナーは元気かな?」
その一言で電話の向こうの態度が180℃変わる。
「剣菱…雲雀様!?何故雲雀様がこんな女と一緒に!?」
雲雀はニタリ、と笑うとこう告げた。
「お前、躾がなってないね…質問に質問返し…CLUB翡翠の資本金は誰が出したと思ってる?私の一言でナンバーワンなんていつだって交代させることができるんだよ…?」
その言葉に電話の向こうの亜里沙が唾を飲む。
「申し訳ありません…その…梟のことをお知りになりたいのですよね…?」
「そうだよ。」
すっかりメイクの整った雲雀が短くそう言うと、亜里沙はポツリポツリと話し始めた。
「そういえば⸺」
外は朝焼けが目に痛いほどに明るくなってきた。
雲雀からスマートフォンを返された愛美はそれを握りしめ、ひたすらに祈る。そんな愛美を烏はただ黙って見つめていた。
一方、同時刻。インソムニアの躾部屋。
「オチたか。水だ。」
赤いみみず腫れがいくつも体に刻まれた鵺に冷水がぶちまけられる。その冷たさに目覚めた鵺に、木菟は更に追い打ちをかけるように鞭を振るう。
「⸺ッ…!!」
もはや悲鳴は言葉を成さない。
青葉梟はそれを眺めながらニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
梟は鵺の髪を掴むと、無理矢理に右を向かせてこう言った。
「ああなりたいか?ん?」
視線の先には恐怖と痛みで失禁している夜鷹がいた。
鵺の喉からヒュ、と音が漏れる。
それを聞いた梟は面倒くさそうにこう言った。
「喘息か。おい、木菟。こいつの上着の中に吸入器があるはずだ。探せ。」
そう言われて木菟は鞭を置き、鵺の着ていたジャケットを弄るが⸺それらしきものは見当たらない。
「ボス…ありませんぜ…?どうします…?」
と、その時だった。バー Moonlightの扉が蹴破られ⸺インソムニアのドアも同じように強引にこじ開けられ、躾部屋に何人かが転がり込んできた。
「あは…久しぶりだね、梟…。」
雲雀が梟を見て不敵に笑う。
梟は一瞬たじろいだが⸺威厳を崩すことなくこう答えた。
「これはこれは雲雀お嬢様。相変わらず足技がお得意なようで…ですが今はお邪魔していただきたくはないのですよ…」
梟と雲雀が睨み合う中、愛美は浅く息をしている鵺を見つけると、
「鵺!!ねえしっかりして!!」
そう言って駆け寄ろうとしたが木菟に取り押さえられる。ドサッという音と共に愛美は床に叩きつけられた。
それを見た雲雀が懐から警棒を取り出し、木菟を一打ちした。
「ぐっ…」
木菟から悲鳴が漏れる。
雲雀が木菟に話しかける。
「木菟。その汚らわしい手を離しなさい。私を誰だと思っている。ここの運営資金の殆どを出しているのは誰だ?」
そう言われて木菟はおずおずと愛美から手を離すと、愛美は鵺のもとに駆け寄る。
「ねえ、私よ!わかる!?ああ…なんて痛々しい…」
愛美の目から涙が零れ落ちる。
「…で?わざわざ剣菱家の当主様がいらしたと言うことは、それなりのお話があってのことでしょうね?」
梟は努めて冷静に雲雀に話しかける。
「そうだよ?お前にも私にも、そしてその子にもメリットのある話…」
朝日が高々と登る。夜の鳥達は塒でそれぞれの戦いを始めようとしていた。




