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疾駆

午前4時。剣菱邸。

烏は汗だくで大理石の表札を眺める。

「…ッこの時間に応答してもらえるとは思わねぇが…」

そう言いながら烏は鉄製の門の脇にあるインターフォンを押す。

一度。応答なし。

二度、三度と押してゆくとやがて⸺

「こんな朝早くから何用ですかな…烏さん…」

執事の白鷺の声が聞こえた。

烏は門の上にあるカメラに向かって叫ぶ。

「鵺と夜鷹が来ただろう!!あいつらが危ない!責任の半分以上は雲雀お嬢さんにある!!会わせてくれ!!」

「少々お待ちください」

そう言ってインターフォンの通話が切られる。

数分ほどして重厚な鉄製の門が自動で開かれた。

烏が邸宅に走り始めた刹那⸺後ろで車の停まる音がする。

「待って…わたしも…!!」

そこには寝間着にカーディガンを羽織った愛美がいた。

愛美はタクシーの運転手に一万円札を握らせると、

「お釣りはいりません!」

そう言って烏の後を追う。

烏は吃驚しながらも⸺愛美の決心の宿った目を見てこう言った。

「か弱い女かと思えば、やるじゃねえか…。でも覚悟しろよ?雲雀お嬢さんはとても気位の高い…いや、あの人はとんでもねえ嗜虐の持ち主だ。」


それを聞いた愛美は一瞬たじろぐが⸺キッと烏を睨みつけると一言。

「覚悟なんかとっくにできてる…連れて行って…!」

そうして二人は邸宅の開かれた玄関へと吸い込まれていった。

広いホールには白鷺が⸺すっかりと身支度を整え待っていた。

「そちらのお嬢様は…?」

訝しがる白鷺に烏は

「おまけみたいなもんだ。お嬢さんは…?」

と返す。

白鷺は淡々とこう答えた。

「お起こし致しました…が、烏さん。貴方もご存知の通りお嬢様は寝起きが一番ご機嫌が良くないのです。それはおわかりですね…?その上でいらしたと判断してよろしいのですね…?」

烏は一言。

「上等だ。言っただろ…責任の大半はお嬢さんにある。」


その時だった。

「…この早朝からけたたましいことこの上ない…。烏、なんの用だ…?あとそこの小娘はなんだ…?」

ナイトガウンに身を包んだ雲雀がホールに続く階段を降りてくる。

烏は思わず身構えたが⸺決心して雲雀にこう告げた。

「雲雀お嬢さん…アンタまたインソムニアのルールを破ったな…?おかげで鵺と夜鷹が危ない。今頃梟に躾を受けてる…。なんとしても止めさせたい…。この女は小鳥遊愛美…鵺の…恋人だ…。」

それを聞くと雲雀は大きなあくびをして一言。

「…で?私にどうしろと…?鵺も夜鷹も規約違反と分かってて来たのだろう?私には関係のない話⸺」

そこまで言ったときだった。

それまで黙っていた愛美が口を開く。

「貴女は…鵺に何をしたんですか…。貴女が!!無茶をさせるから!!鵺の命が危ないんです!!」


肩で息をしながらそう言った愛美の声を聞いた雲雀は、

ツカツカと愛美に歩み寄ると一言。

「ふぅん…?いい声してるね、お前…。」

そう言いながら雲雀は愛美の顎を右手の指先でクイ、と上げる。長く伸ばしたネイルが突き刺さり、愛美の顔が歪む。

そのまま雲雀はゆっくりと舐めるように愛美のつま先から頭までを眺めるとクスクスと笑いだした。

「待っていなさい…直に戻る…」

そう言って屋敷の奥へと姿を消した雲雀を見送ること数分。雲雀は小さな小瓶を手にして戻ってきた。

そしてそれを愛美に突きつけると一言。

「飲み干しなさい。それができたら何でも言うことを一つ聞こうじゃないか…」

愛美は手渡された瓶のラベルを見る。

そこには⸺

「キャロライナ・リーパー」の文字。

「世界で最凶最悪の激辛ソース…喉が焼けちゃうかもね…?」雲雀は愉快そうに笑いながら続ける。

「でもね…?それを飲み干せたらお前の愛しい男は助かる。さぁ、その愛らしい声を取るか、男を取るか…ぜーんぶお前次第だよ…?」


愛美は改めて小瓶を見つめる。こんなものを飲み干したら喉が焼けるどころでは済まないだろう。

だけど⸺。

愛美は思い切って瓶の蓋を開けるとそれを口元まで運んだ⸺その時だった。

「やめろ…ッ!!」

瓶が頭上を舞い、床に落ちる。溢れだしたソースの匂いだけで目が痛くなる。

烏が中身を飲み干そうとした愛美の手を叩いたのだ。

「…楽しいですか…お嬢さん…。」

烏の言葉に怒りが滲む。

「俺らは…どんな屈辱も恥辱も受けて立ちます。だけどこいつは…!こいつはただ純粋に…愛する男のためだけに今その中身をあおろうとした!それだけで充分でしょう!!」

烏の絶叫に近い声に愛美は目を丸くしていたが⸺やがて跪くと両手を床につけ頭を下げて雲雀に頼み込んだ。

「お願いします…助けて…助けてください…。何でもします…何でもしますから…」


雲雀はしばしの間それを眺めていたが、ふぅ、とため息をつくと白鷺にこう告げた。

「車の手配を。インソムニアに向かう。運転手の中で一番腕のいいものを起こせ。」


朝日がのぼりゆく中、その声に愛美は顔を上げる。

そこには先程までの嗜虐に満ちた表情が消え、瞳に微かな慈愛の滲む雲雀が愛美を見つめていた。

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