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Signal

「起きろって…!おい!小鳥遊愛美!!」

頬をペチペチと叩かれる感覚に愛美は目を覚ました。

ぼやける視界の先には⸺烏。

「あ…わたし…?」

未だ焦点の合わない目の愛美を抱き起こすと烏はゆっくりと語り始めた。

「いいか…よく聞け…まずは深呼吸して…落ち着いて…。」

烏の言葉に愛美は深く息を吸うと一言。

「大丈夫。鵺が危ないってどういうことなの?聞かせて…。」

ようやく焦点の戻った目には微かに涙が浮かんでいたが、その眼差しはキッと虚空を睨んでいる。

それを見た烏は再び語り始めた。


「鵺と夜鷹…あいつら、インソムニアのルールを犯した。俺の顧客に剣菱っていう富豪の女がいる。そいつに…店を通さずに…施術…いや、あれは施術なんてもんじゃない…一方的に嬲られに行った…。理由が何故かわかるか…?小鳥遊愛美…。」

「鵺が…嬲られ…え…?ねえ!鵺は…鵺は無事なの!?」

烏の言葉に愛美は声を上げる。

烏は愛美をなだめるようにその華奢な肩に手を置くと首を横に振る。

「わからない…インソムニアには帰るな、そう連絡は入れたが既読にならねえ…。いいか、落ち着いて聞け。」

烏はここまで言うと自らも大きく息を吐いて続けた。

「鵺はな…お前と生きていくためにインソムニアを抜ける決心をした…そのために必要な額が一千万…だから手っ取り早く稼ごうと…。」


一千万。その数字の大きさに愛美は目眩がしたが、なんとか意識を保って烏に問いかける。

「どうして…鵺は言ってくれなかったの…?私が夜のお仕事に戻れば…二人で頑張れば…」

愛美の言葉を聞いた烏はガシガシと頭を掻きながら吐き捨てるようにこう言った。

「お前に夜の仕事に戻ってほしくねえからあいつは無理したんだよ!俺はインソムニアに戻ってボスの梟を説得する。お前はとにかく出るまで鵺に…あいつに連絡を取れ!わかったな?」

そう言うと烏は踵を返し夜の道を走っていく。

愛美はスマートフォンを手に取ると鵺に電話をかける。

が⸺何コールしても応答があることはなかった。


同時刻。

剣菱邸を出てフラフラと歩く鵺のポケットでスマートフォンが振動する。

愛美からの着信。出ようか躊躇っていた⸺刹那。

何者かに後ろから羽交い締めにされ、スマートフォンは地面を滑ってゆく。

「残念でしたぁ…。」

愉快そうに嗤うその声は青葉梟。

「…ッ!離せッ…!!」

鵺は抵抗するが、鵺よりも遥かに線の細い青葉梟の力は強く、振りほどくことができない。

青葉梟はとても愉快そうに⸺否、愉悦を含んだ口調で鵺の耳を食みながら囁く。

「あは…兄さん、カンカンだよ…?一千万稼げとは言ったけど…ルール違反はルール違反。罰を受けないとね?鵺…」

そこまで話すと青葉梟は容赦なくスタンガンを鵺に押し当てる。

「…ぐッ…」

その一撃で鵺の意識は遠くへと追いやられた。


「う…」

鵺が目を覚ますとそこはインソムニアの更に地下⸺躾部屋にいた。

壁に両手足を拘束され、シャツを脱がされ口には猿轡を噛まされている。

「むぅッ!ううーッ!!」

右隣からうめき声。

夜鷹もまた同じように拘束されていた。

壁には以前仕置を受けたものの生々しい血痕。

そして⸺奥から梟がやってきた。

「仕置きの時間だ…木菟、アレを。」

木菟と呼ばれた男⸺梟よりも遥かに巨躯の男が鞭を手に近づいてくる。ヒュ、と空を切る音。

夜鷹の肌に赤い痣が浮き上がる。

「ん゛ッ…!!」

猿轡の所為で声にならない悲鳴が上がる。

木菟は楽しそうに笑いながら梟に尋ねる。

「ボス、こいつら俺の好きなようにしていいの?」

梟はそんな木菟を見ると一言。

「やれ。徹底的に。但し殺すなよ。」

そして同じように鵺にも⸺その鞭は無情にも振り下ろされた。


「クッソ…遅かったか…。」

剣菱邸のほど近くまで走ってきた烏が地面で虚しく振動するスマートフォンを見て呟く。

空を覆っていた叢雲が去り⸺狂ったように赤い月が姿を表した。

「こうなったら…!」

そう言って烏はそのまま剣菱邸を目指す。

狂った夜の狂った饗宴は始まったばかり。

愛美は何もわからないまま、アパートでスマートフォンを握りしめていたが⸺やがて立ち上がるとマップを開き、夜の道を駆け出していった。


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