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狩りの時間

「ああ…愉快だった…」

雲雀はうっとりと自室で悦に浸っていた。

ノックが二回。

執事の白鷺が湯を張った桶を持って立っていた。

「お嬢様。おみ足を清めましょう。」

そう言って白鷺は手際よくハイブランドのボディソープを泡立ててゆく。

雲雀ははそれをチラ、と見ながら一言。

「誰が呼んだ?勝手に来るんじゃないよ!」

そう言って打ち降ろされた扇子を白鷺は右腕で受け止めるとこう返した。

「差し出がましいことをいたしました。ただ、衛生的な観念から…お清めした方が宜しいかと。」

それを聞いた雲雀はフン、と鼻を鳴らすと

「勝手におし。」と唾液まみれの足を白鷺に投げ出した。


「差し出がましいついでにお伺いしても?」

白鷺が尋ねる。サボンの香りがぶちまけられた麝香を上書きしてゆく。

雲雀は鬱陶しそうにしながらも扇子を広げると口元を隠し欠伸を一つして、

「どうせ聞くのでしょう?言いたいことがあるならさっさと。」と答える。

白鷺は一度目を閉じて⸺意を決して尋ねる。

「…いつまでこんなことをなさるおつもりで…?」

雲雀は洗い清められている足を組み直すと

「さあ?」

と気のない返事を返す。

白鷺が続ける。

「…このお屋敷にお仕えして40年。お嬢様が産まれたときは…私はなんとしても守りたい、そう思いました。今でもその気持ちに変わりはありません。ですが⸺」


言い淀んだ白鷺を雲雀は睨みつけると、

「何が言いたい?」と語気を強くして尋ねる。

白鷺は雲雀の蔑むような目をじっと見つめてこう言った。

「お嬢様の成長をずっと見守ってきた者からすると…今のお嬢様は間違っておられます。弱者を虐げてもあなた様の望んだものは何一つ帰っては来ない…違いますか?」

その言葉に雲雀は激高して湯桶を蹴り飛ばすと白鷺に向かって怒鳴りつけた。

「お前に何がわかる!!私は…一度手に入れかけたものを全て失って…!!」

蹴飛ばされた湯桶から湯気が立ち上る。白鷺はスーツを濡らしながらもなお雲雀から目を逸らさない。

「何が…何がわかると言うの!?ねえ!!結局のところこの屋敷にいても私は肩身が狭かった!!他の使用人からは妾の子だと陰口を叩かれ…お父様も株を学ぶまで私のことなど見てくれなかった!!お前なんかに何がわかるというの!!」


肩で息をしながら雲雀の目に涙が溜まる。

白鷺は立ち上がると恭しく頭を下げ、一言。

「私は…お嬢様のことを我が子同様に思っております。それだけはお忘れなきよう。それでは…。」

白鷺が去ったあと雲雀はベッドに座り込んで小さく呟く。

「何も…何も分かっていないくせに…」


一方。同時刻。

インソムニアでは青葉梟が端末を操作している。

梟はそれを腕組みしながら見ている。

青葉梟は端末上で動く2つの点を見ると愉快そうに声を上げる。

「兄さん。鵺と夜鷹。剣菱家から出てきたよ?規約違反だね…。馬鹿な奴ら…。スマホの位置情報共有されてるの忘れて…。」

それを聞いた梟は拳を握りしめると一言。

「制裁が必要だな。あいつらが戻り次第躾と罰金を。青葉梟、お前は躾の準備をして来い。」

それを聞いた青葉梟は口の端を吊り上げると、

「了解。あーあ、怒らせちゃった…。ほんとに馬鹿な奴ら…。」と嗤った。


その頃愛美は小さなベランダに出て夜空を眺めていた。ざわざわと忙しなく動く叢雲が月を隠す。

「鵺…。」

そう呟いて手を伸ばすが、月は重い雲に隠される。

「ねえ…どうしてなの…?」

愛美がそう呟いたときだった。チャイムが鳴る。

こんな時間に訪れるのは鵺しかいない。

喜び勇んでドアを開けると、そこに立っていたのは烏だった。

思わず身構える愛美に烏は息を切らしながらこう告げる。

「まずいことになった。このままだと鵺が危ない…。あいつ…無理に稼ごうとして重大なルール違反をした…。このままだと…。」

愛美は突然の出来事に目を丸くしながら尋ねる。

「ルール違反…?ねえ、どういうことなの…?」

カタカタと小さく肩が震え、顔が一気に青ざめてゆく。

烏が次の言葉を発しようとした刹那⸺愛美は玄関に崩れ落ちた。

「…ッおい!!へばってる場合じゃねえんだよ!小鳥遊愛美!!しっかりしろ!」

烏の声が遠くに聞こえる。

愛美はそのままゆっくりと意識を手放していった。

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