番と規律
「鵺…好き…!ッ…ぁあっ!!」
場所をベッドにかえて交わる二人。
もう幾度果てたか分からない。
愛美の目の前はチカチカと⸺もう前後不覚の状態だ。
鵺もまた汗にまみれ必死に身体を動かしている。
「待って…このままじゃ本当に…カラカラになっちゃう…!!」
愛美の赤く染まった顔と身体を見てようやく⸺鵺は動きを止めて我に返った。
「…ごめんっ…その…何か飲み物…」
慌てる鵺に愛美はクスリと笑うと、一言。
「冷蔵庫に麦茶あるから、それ飲んで一休みしよ。ね?」
汗だくの身体をタオルで拭い下着のみを身に着けた愛美がグラスに麦茶を注ぐ。茶色い液体がコポコポと音を立ててグラスを満たしてゆく。
愛美も鵺も一気にそれを飲み干すと、二人揃って大きくため息をついて⸺そして顔を見合わせて笑った。
「人の肌ってどうしてこんなに温かいんだろうね…」
体液まみれのシーツに戻る気にはなれず、愛美はリビングに敷かれたラグの上に寝転がる。
「さぁ…。少なくとも同じ温度同士になるまで…混じり合う多幸感は何ものにも代え難い、俺はそう思ったけど…」
鵺もまた愛美の横に寝転がりながら答える。
天井のLEDが眩しく二人を照らし出す。
そこには番を手に入れた2羽の鳥のようにクスクスと囀りのような笑い声を立てる二人の姿があった。
「さて…戻らないとな…。」
ゆっくりと身体を起こすと鵺が億劫そうに言う。
愛美の頭に複雑な思いが去来する。
インソムニアに籍を置いているからにはまた鵺は誰かを⸺情交はないにしろ絶頂に導くのだろう。その事実がチクリと愛美の胸に刺さる。
それを察したのか鵺は愛美の頭にぽん、と手を置くとこう言った。
「インソムニアのこと…俺なりに決別をつけようと思ってる…。いまはどうなるかわからないけど…待ってて。」
鵺は再びシャワーを浴びると来ていた服をまとい、不安げな愛美に軽く口づけてからインソムニアへと引き返していった。
梅雨寒の夜空が先程まで混じり合っていた体温を容赦なく奪ってゆく。
深夜2時。インソムニアへと続くバー Moonlightのドアを開けた、その時だった。
鵺の身体が宙に舞う。と、同時に床へと叩きつけられる。
「⸺ッ…!!」
相手は見るまでもない、インソムニア代表にして夜の支配者、梟だった。
梟は鵺を見ると一言。
「足抜けは許さない。我々の存在意義は何だ。」
その目には怒りがありありと滲み、今にも捕食されてしまいそうな凄みをたたえている。
鵺は背筋にゾクリ、と悪寒を走らせながらも懸命に言葉を紡ぐ。
「プライベートまで口出しはされたくないね。それに辞める辞めないは俺の勝手⸺がッ…!!」
梟は鵺がその言葉を言い切る前に鵺の首を掴み壁際まで押しやる。
「プライベート…?そんなものが存在するとでも…?お前の固定客は何人だ。俺の把握している限り7人。小鳥遊 愛美を除く6人にどう説明する?」
もがく鵺をバーのカウンターからまるで寸劇を見るかのように嗤いながら青葉梟が見ている。
青葉梟はカウンターから出ると鵺を見上げてこう言った。
「鵺くんさぁ…。勘違いしちゃいけないよ?僕らはね、特定の番を持っちゃいけないの。これルール。何回も確認したし書類にもサインしたよね?」
クックッと笑うたびに揺れる青葉梟の顔を睨みながら鵺はやっとのことで声を出した。
「いくら…いくら払えば…抜けられる…!」
その言葉に青葉梟はさも愉快そうに声を立てて笑うと、ふ、と真顔に戻りもがいている鵺の脇腹に1発拳をお見舞いした。
「げぇっ…!かはっ…あ…」
鵺は突然の衝撃にこらえきれず悲痛な叫びをあげる。
そこでやっと梟は鵺から手を離した。
青葉梟は蹲る鵺に対して一言。
「カネの問題じゃない。けどね?それを切り札に出してきたんならそうだな…新しく新人を君レベルに仕込むのにかかる費用⸺ざっと一千万か。それが払えたらいいよ?」
一千万。それは鵺が1年毎晩添い寝代行をしてもやっと得られるか得られないかの大金であった。
「ま、小鳥遊愛美を諦めるか。必死で稼ぐか。どっちかだよ。」
そう言うと青葉梟は梟を伴い店の奥へと消えていった。
鵺の頭に先程までの愛美の笑顔が、悦びで上気した顔が去来する。
鵺は殴られた腹の痛みも忘れて、しばしその場で呆然としている他なかった。




