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烏と蛞蝓

火曜日。その日も愛美は業務をこなしいそいそと退社する。

あれから一切会話のない佐江の冷ややかだが⸺どこか心配そうな顔を余所に愛美の頬は紅潮して、次の快楽を待ちわびていた。

駅のホームでインソムニアに電話をかけるが⸺返ってきた言葉は意外なものであった。

「申し訳ありません。鵺は先約がはいっております。代わりのものを行かせることもできますが…」

(鵺がいない…でも…この体の疼きはどうしようもない…。眠りたい…。)

愛美はしばし考え込むと短く返事を返した。

「わかりました。代わりの人でかまいません。18時には着いていると思います。」


愛美はアパートに着くとまず身を清める⸺が。

来るのは待ちわびていた鵺ではない。身体を清める手にもどことなく力が入らない。

何よりも鵺が他の女を絶頂に導き眠る身体を抱いている。その事実が胸にズキンと刺さる。

のろのろと髪を乾かしている間にチャイムが鳴った。

愛美は半乾きのまま玄関のドアを開けるとそこには色黒で目つきの鋭い男がキャップを目深にかぶり、立ち尽くしていた。

男が口を開く。

「鵺じゃなくて悪いな。俺は烏。まあ、テクニックは鵺と遜色ないよ。どうしてほしい?」


愛美はその声と目つきに強烈な不快感を感じた。

上から下まで舐めるように⸺品定めするような視線。

鵺のあの優しい眼差しとは違う。

それでも愛美は毅然と⸺こう言い放った。

「烏さん?私、鵺じゃないと満足できないの。そこのところご理解してね?」

その挑発的な言葉に烏は黙って愛美に近寄ると、手首を掴みベッドに押し倒す。そして耳元でこう囁いた。

「どいつもこいつも鵺、鵺…わからせてやるよ。インソムニアに所属するのがどれだけ大変かってことをな…」

そう言いながら烏は黒く細い布を取り出すと、愛美の目にあてがいそのまま目隠しをする。そして強引にパジャマの下を脱がせると太ももに舌を這わせ始めた。


愛美の背筋にゾクリ、と電気のようなものが走るが⸺それは鵺にされた愛撫とは違う。まるで蛞蝓が全身を這っているような不快感。

「烏…やめて…気持ちよくない…!!」

愛美は抵抗するが烏はやめない。そしてその這いまわる舌先が愛美の下腹部まで達したときに、それは訪れた。

「やめ…!う…ッ!!」

愛美は弾かれたように立ち上がるとそのまま床に嘔吐した。びちゃびちゃと音を立てて落ちてゆく吐瀉物。

「げえっ…うぁ…」

烏はそれをしばし呆然と眺めていたが、やがて面倒くさそうに立ち上がると愛美の背中をさすりながらこう言った。

「だから鵺の客には関わりたくねえんだよ…あーあ、また減点だ…。くそ…。」

そしてひとしきり愛美が吐き終えると吐き捨てるようにこう言った。

「お代は結構。悪かったな、出来損ないで。」


愛美の目に涙が滲む。

去ってゆく烏に何か声をかけようとしたが⸺もはや手遅れであった。ガチャン、と音を立ててドアが締まり、静寂だけがワンルームを包み込む。

「鵺…どうして欲しいときに貴方は居てくれないの…?」

吐瀉物に塗れた口元が微かに言葉を紡ぐが⸺それは誰の耳にも届くことなく消えていった。


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