消失
石の床に、短く足音が響く。
ネリアが机を指で叩いた。
「逃げた、はおかしいでしょ」
はっきり言い切る。
「ここは寺院の内側よ。出入口は全部押さえてる。外に出られるはずがない」
カイレンは椅子に座ったまま、視線だけを上げる。
「……消えた、か」
「そう。痕跡も完全にも途切れてる」
ネリアが記録装置を操作する。
淡い光が揺れる。
「反応はずっとここ。なのに、急に消失。途切れ方が不自然すぎる」
一拍。
「逃げたんじゃない。すり抜けたのよ」
奥に立つ神官が、静かに口を開く。
「あり得ません」
「起きてんでしょ」
ネリアは即答する。
「しかも、あれは“認証後”よ」
空気が重くなる。
カイレンが小さく息を吐いた。
「……仮でも、通ったんだな」
「ええ。“認証者”扱いになる」
ネリアが視線を細める。
「こうなると余計に厄介ね。完全に管理下に置くのは無理かも」
神官が一歩前に出る。
「寺院の方針は変わりません。対象は保全。確保し、隔離します」
「遺跡の保全、ってやつね」
ネリアが肩をすくめる。
「悠長すぎるのよ。あれ、使えるわよ?」
「使う、とは」
「そのまま。ここまで動かせる人間なんて、そういないでしょ」
カイレンが口を挟む。
「ラドネスの設備をまるごと、だな」
「ええ。都市ごと」
神官の眉がわずかに動く。
「我々の目的は維持です。運用は目的ではない」
「領主は違うでしょ」
ネリアが笑う。
「完全に囲い込みに来るわよ。あの手の連中は」
カイレンが頷く。
「うちは中間だ。どちらの依頼も受けるが、どちらにも付かない」
ネリアは机から離れる。
「利益が出るなら動く。それだけ」
神官が低く言う。
「対象の危険性は理解していますか」
「してるわよ」
即答。
「言ってるわ。先に押さえた方が勝ち」
カイレンがゆっくり立ち上がる。
「寺院は保全したくて、領主は独占したい」
短く整理する。
「で、あいつは——」
一瞬、言葉を切る。
「うちが連れてきた“認証者”だ。仮でもな」
ネリアが笑う。
「例外とか言ってる場合じゃないわ。早急に確保しなきゃ」
神官が目を閉じる。
「……総員に通達。対象は優先確保。接触は慎重に」
目を開く。
「“認証者”として扱う」
短い沈黙。
カイレンが扉の方を見る。
「動くぞ。遅れると、領主側も来る」
ネリアはもう歩き出している。
「競争ね」
振り返らずに言う。
「嫌いじゃないわ」
青白い光が揺れずにあたりを照らす・。
だが空気だけが、わずかに動き始めていた。




