読み込み
暗い。
ただの闇ではない。
自分が、層になっている。
薄く、重なって、奥に続いている。
ハディという名が、それを統合する。
断片が流れる。
焼け落ちる都市から逃げ出す自分。
コーヒーを飲み、PCに向かう自分。
食料を求めゴミを拾う自分。
誰かの手。自分の手。違う手。
紋章の配列。記号。命令。
——違う。
自分は誰だ。
孤児か。
技師の子供か。
それとも、どこか別の世界の——
どうでもいい。
境界は、もうない。
混ざっている。
口の端が、わずかに上がる。
理由はない。
ただ、理解が進んでいた。
紋章。
あれは装飾ではない。
神への祈りでもない。
魔術、魔法でもない。
コマンドだ。
短い文。
主語と動詞。
それだけで、周囲の現実を動かしている。
他の連中は、そこまでしかやっていない。
単語を並べて、意味を通しているだけだ。
足りない。
構文が。
引数が。
条件分岐が。
なら、足せばいい。
視界の奥に、見えないはずのものが浮かぶ。
自らの体に走っている“記述”。
線ではなく、層。
ダウンロード。
データを、エネルギーを呼び込める。
そんな言葉が浮かぶ。
基底現実へのアクセス権。
この世界の、下へ。
触れている。
権限はある。
もう、付与されている。
なら——
構造を書き換える。
足りない部分を埋める。
制限付きの、不完全な命令を、拡張する。
頭の奥で、何かが走る。
音がする。
規則的な、振動。
すぐ近く、自分の喉から。
「……ぁ、はは」
笑いが、漏れる。
掠れた声。
意味を持たない音。
ハディは目を開けた。
視界はまだぼやけている。
天井。知らない場所。
だが、その上に——
薄く、重なって見える。
刻まれていないはずの紋章。
未定義の記述。
書き込める余白。
コンソールコマンドのように。
笑みを深くする。
——できる。
確信だけが、はっきりと残っていた。




