第12話 討伐と秘法
「天使……」
リーシアがポツリとそんな言葉を零すよりも先に、純白の翼は消え去っていた。
レイは、茫然自失としていた彼女達を間一髪で救えたことに、安堵の息を漏らす。
誰にも負傷がないことを一目見て理解したレイは、いきなりの爆風で陣形を大きく崩されたゴブリンの群れと向き合う。
「グギャギャギャ!!」
この群れの長であるゴブリンジェネラルは、先頭にいたゴブリン達を吹っ飛ばしたレイに対して敵意を顕にする。
だが、その敵意は竜を相手取ったレイにとって警戒を強めるほどのものではなかった。
レイは剣を抜き放ち、その片方の切っ先を彼らへと向ける。
「さあ、かかってきなよ」
「グギャアァ!!」
言葉は分からずとも、自分が侮られたと認識したゴブリンジェネラルは自軍に突撃の合図を出す。
だが、その合図に反応する声はなく、返ってくるのは自軍の者達が地面に倒れ伏す音だけであった。
残ったのは、自分ただ一人。
ゴブリンジェネラルはそれを理解することができない。
しかし、この男がそれを為したことは理解出来た。
「グ、グギャアア!!」
困惑を滲ませながらも、部下を殺された怒りに身を任せ、その男に向かって突進していく。
その速度は、一歩すら踏み出すことが出来なかったゴブリンとは格別したものであった。
ゴブリンが一瞬で斬り捨てられた光景に呆然としていたリーシアは、ゴブリンジェネラルの速度に目を剥き、未だゴブリン達の死骸の中で剣をだらしなくぶら下げているレイへと、悲鳴に近いような金切り声をあげる。
「危ないっ!」
もはや既に距離はなく、ゴブリンジェネラルは生まれ持った巨躯を活かし、レイへと全力で棍棒を振り下ろす。
───死んだ。
リーシアや村人達の誰もがそう思った。
「よっ、ほっ!」
しかし、レイはゴブリンジェネラルの振り下ろした棍棒を軽々と横に避け、そのまま背後を取り、レイの身長より高い位置にある首に向かって、一閃。
ゴトリという音を立てて先に首が地面に転がり、それに次いで頭を失った体が地面に横たわる。
「みなさーん、大丈夫でしたかー?」
レイはそれがまるでなんてことのないように手を振り、村人達へと近づいていく。
てくてくとその距離が半分程に縮まった時に、漸く彼らはゴブリンの群れの壊滅を認識する。
「お、おお……」
「「おおおおおおっ!!」」
「はうっ!?」
そして、思わずといったふうに歓喜の雄叫びをあげ、仲間達と抱き合い喜びを分かち合う。
あまりの声の大きさにレイは肩を跳ねさせていたが。
仲間内で喜びを分かち合ううちに気分がより高まったのか、恩人であるレイへとにじり寄り、感謝の念を伝える。
「ありがとうな、にぃちゃん!」
「こんな細っこいのに良くやるぜ!」
「助かりました、貴方様は村の恩人ですぞ!」
村人達はそのままレイを担ぎ上げ、空中へと投げる準備へ入る。
「あ、お、お気になさらずっ! あっ、えっ、ちょっ」
「「わっしょい! わっしょい!」」
そして、レイを空中へとぶん投げ、胴上げを行使する。
遂には、止めるべき立場のはずの村長までもが胴上げに混ざる始末であった。
「あぶっ、あぶないっ、ちょっと、すとーっぷっ!! 」
「「宴だぁーーー!!」」
村の危機を退けた少年への感謝の心は、留まることを知らなかった。
───ただ一人の冒険者を除いて。
☆☆☆
ゴブリンの群れの壊滅を祝しての宴が終わり、レイは村長の元を訪れていた。
「いやはや、この度は本当にありがとうございました、レイ殿」
「いえいえ、大事に至らなくてよかったです」
「そこで、お礼を差し上げたいのですが、生憎、差し上げられるものが何も無くてですな……」
村人達から感謝の言葉を多分過ぎるほどに貰ったレイは、お礼などを受け取る気は全くない為、断りを入れようとする。
「お礼だなんて──」
「そこでですな!」
──必要ないですよ。
そう告げようとしたレイの言葉は、村長の提案によって遮られる。
「我が村に伝わる、ある秘法をお伝えしようかと!」
「いえ、大丈──……秘法?」
我が村に伝わる、という時点でレイはとんでもない物を渡される気配を察し、断りを入れようとする。
しかし、その次に続いたのは、秘法という形の無いものであった為、興味をそそられる。
「おお、興味を持って頂けましたか! 我が村に伝わる秘法、錬金術です」
「れ、錬金術……? って、何ですか?」
錬金術。
レイの知識にその存在はなかった為、村長へと詳細を投げかける。
この時点で、秘法を受け取らないという選択肢は消え去っていた。
「錬金術とは、平たく言えば、そこらにある金属類を魔力によって錬金し、望みの鉱物に変化させることですな」
「なっ……!?」
錬金術についての説明にレイは驚きを隠せない。
勿論、そこら辺にぽんぽんと金属類がある訳ではない。
しかし、手に入れようとすれば、手に入るものだ。
レイの持っている常識から考えても、それは異常事態であった。
ここで、レイにふとした疑問が沸きでる。
「あれ? 錬金術があるのなら、この秘法を僕にばらす必要って無かったんじゃないですか……?」
レイの疑問は最もであった。
この秘法が大々的にバレれてしまえば、この世界における金属の価値というものが変わってしまう。
もしその詳細を知らず、この村に伝わるという事実のみを知ればこの村が襲われる危険すらあるのだ。
だとすれば、普段使いの道具などから金属を作り出し、この場しのぎにしても何も問題はなかったはずだ。
その疑問を聞いた村長は、どこか気まずそうな雰囲気を出しながらそれに答える。
「実は、ですな……。 この秘法は誰にも使えないのですよ……」
「んん? どういう事ですか?」
「少し、長くなるのですが───」
村長は、そう前置きを置くとこの村の成り立ちを話し始める。
この村を立ち上げたのは、無名の錬金術師だった。
どこからともなく現れたその男は、元々この辺りにあった集落に話を持ち掛け、この村を立ち上げたのだという。
その方法が錬金術だったのだ。
ある時は銅を金に変え。
またある時は鉄を宝石に変え。
そうして、彼らを呼び集めた。
そして、村人達にこの錬金術を伝えたのだ。
生活に苦しんでいた村人達は、その無名の錬金術師にいたく感謝をした。
錬金術を自らが行使することは出来なかったが、錬金術師に弟子入りした者達は、不純物を取り除く事が出来るようになった。
そして、その錬金術師が没した後もこの村は存続された。
錬金術の手法を引き継いで。
しかし、弟子がとった弟子の誰にもこれを操ることは出来なかった。
勿論、他の人々にも。
そうして、何時からかこの村の村長だけが、秘法としてこの手法を継ぐようになった。
「──と、いう訳です」
「な、るほど……?」
今の話を聞いたレイは、錬金術はその錬金術師に教えを請わなければ、行使することが出来ないのではないか、と考えていた。
村長は、納得出来ない様子のレイに言葉を重ねる。
「私は、過去の文献を調べたのですよ。 そんなものが存在してするのなら、もっとこの村を豊かに出来るのではないか、と。 そして、新たな事実が判明したのです。 錬金術師は、異常な程強かった、と」
「異常な程強かった?」
レイは、強い、という言葉に意識を引き摺られる。
自分の目標はそれであり、必ず乗り越えなければならないものだったからだ。
「ええ、そうです。 そして、弟子達を散歩と称して外へ連れ出し、魔物と戦わせていたようなのです」
「魔物と……?」
レイには、魔物と戦わせる意味が理解出来なかった。
魔力によって錬金するだけの錬金術の何処に魔物と戦わせる必要があるのか、と。
そこで、レイはある違和感に気づく。
「異常な程強く、弟子を魔物と戦わせていた……? も、もしかして」
「そうです。 流石はレイ殿。 よく気がつかれましたな。 錬金術に必要なのは、レベルであったようなのです」
レベル。
それは誰しもが持つものではあるが、戦いを生業にでもしない限り上げることは厳しい。
レベルがぽんぽん上がっているレイにとって、レベルの上昇など簡単に思えた。
しかし、村人となると、自分よりは上がりづらいだろうと当たりをつけた。
それは大きく間違っており、上がりづらい所か、冒険者でもぽんぽんと上がりはしないのだが。
「なるほど、ゴブリンの群れを撃破した僕になら扱えるかも、ということですか」
「そういうことになりますな」
レイがふむふむと頷いていると、村長から、どうなされますか? と選択を迫られる。
形の無いもので、もう既に誰も使えていない。
もし使えるのだとしたら、これからに役立つことは明らかであった。
更に、これを断ってしまったら、それこそ村に伝わる重大な何かを渡されてしまうような予感がした。
故に、レイが返す返事は一つしかなかった。
「是非、お願いします!」




