第13話 意思
「だめ、だったかぁ……」
結果から言えば、レイが錬金術を行使することは不可能だった。
正確に言えば、完全に行使できなかった訳ではない。
弟子達が行っていたような不純物を取り除くことは出来たのだが、その先の錬金術の本領を行使することが出来なかったのだ。
「村長は喜んでくれたけど……」
───喜べる、わけがない。
後に続く言葉は声には出せなかった。
レイの目標は、最強となり、試練を終わらせること。
そのため、この結果は喜べるはずがなかったのだ。
不純物を取り除くことは出来たが、その先には進めない。
それはつまり、自分の実力は錬金術師に遠く及ばないということであった。
ゴブリン達を軽々と屠ったレイは、冷水を浴びせられたように感じた。
レイは、ゴブリンという最下級に近い者達の群れを屠ることが出来た為に、自分の力を過信していたのだ。
「まあ、そうだよね。 すぐに最強になるなんて、有り得ないんだから」
レイは、自分に言い聞かせるように独りごちる。
そして、ぼふっとベッドへ倒れ込む。
今レイは、村長から借り受けた空き家に居た。
レイ自身がベッドで寝たいということもあった為、宿屋はないかと尋ねたところ、是非この空き家を使って欲しいと言われたのだ。
「すぅ……すぅ……」
この世界での初めての人との会話に疲れたのか、レイの意識は、ベッドに横になってすぐに夢の中へと落ちていった。
人と違ったその透き通った白髪は、どこまでも美しく、どこまでも異質であった。
☆☆☆
リーシアは、将来を期待されたうら若き冒険者であった。
顔立ちもよく、並の男性よりも高い背丈、そして女性とは思えぬほどの膂力をも持ち合わせていた。
冒険者としてのリーシアの評判は、上々と言っても過言ではなかった。
剣の才能も秘めていたリーシアは、冒険者の壁と言われるCランク昇格試験すらも難なく乗り越えた。
故に、挫折と敗北を知らなかった。
この辺りに出現する魔物は、総じて危険度が低い。
そのため、Cランク以上の冒険者は数える程しか存在しないのだ。
そして今日、初めて敗北を知った。
相対した時の威圧感は、勝ち目を微塵も感じさせなかった。
それは、リーシアの動きを阻害し、遥かに実力の劣るゴブリンの弓矢すら躱すことが出来なくなるほどのものであった。
リーシアは、死を確信した。
それ故に、目の前に現れた少年を天使と誤認した。
もはや既に自分は死に絶えたのだと。
しかし、それは間違いであった。
そして、その少年は自らが勝ち目を微塵も見い出せなかった敵を瞬殺した。
それは、リーシアにとっての二度目の敗北であった。
命の危機が去ったというのに、喜びは感じられなかった。
心の内にあるものは、その少年に対しての妬み。
リーシアは、自分とは隔絶したその力を妬んだ。
自分より遥かに優れた容姿を妬んだ。
村人達に祭り上げられるその姿を妬んだ。
「そこは、私の場所だったはずだ……!」
リーシアは、蚊の鳴くような声で呟く。
心は段々と黒く塗り潰され、その中から〝何か〟が湧き出てくる。
止まる気配は、無い。
☆☆☆
村が静寂に包まれる中、彼女は居た。
彼女は、空き家の中へと足を踏み入れる。
ギシッ、ギシッと足音をたてながらベッドへと近づいていく。
ベッドの中では妬ましい少年が寝息をたてていた。
彼女──リーシアは、心から湧き出る物に抗いもせず、その少年──レイへと向かって剣を振り下ろした。
☆☆☆
レイは『危機感知』が鳴らす警鐘で目を覚ます。
開いた瞳に飛び込んできたものは剣。
「っ!?」
レイは反射的に掛け布団を蹴り上げ、横へと体を転がらせる。
そして、襲撃者の顔を認識するために顔を上げ──固まった。
自分が助けたはずの相手が剣を向けてきている状況に理解が追いつかなかったのだ。
レイが襲われた理由に頭を巡らせていると、不意に、襲撃者であるリーシアが口を開く。
「何故、避けられる。何故、あいつらを倒した。 何故、お前だけが感謝される。奮い立たせたのは私だと言うのに……! そんな髪と眼をしているくせに……! 何故だ、何故だ、何故だ!! お前なぞ、居なくなってしまえば良いのだ!」
それは、怨嗟の叫び。
どうしようもないほどに自分勝手で、独りよがりで、孤独な人間の本性。
そして、その叫びはレイに届いた。
いや、届いてしまったのだ。
レイは、自分の容姿が他人とかけ離れている事に気がついていた。
この村には、金や茶、黒や赤などの髪の持ち主はいた。
しかし、白は誰一人として存在しなかった。
そして、赤い瞳も。
それ故に、リーシアの叫びに混ざった罵倒はレイに深く突き刺さった。
それこそが、現状の原因であると認識してしまう程に。
レイは、形の良い眉を悲しみに顰めながら、リーシアの願望に沿うために行動を開始する。
「き、貴様、何をする気だっ!」
レイが突如動き出した為に、リーシアはレイに剣を突きつけ、動きを阻害しようとする。
しかし、レイはそんなものは意に介さず、行動を続ける。
「な、何なのだ!? 剣を突きつけられているのだぞ!? 少しは反応を示せ!」
「……ごめんね、僕が悪かった。 余計な事をして、困らせてしまった」
「……何?」
突然の謝罪に、リーシアは、意味が分からないとばかりに聞き返した。
「こんな人と違うものなんて、嫌うに決まってるもんね。 ごめん、なさい」
だが、続けられるのは謝罪の言葉のみであった。
不意に、月明かりが部屋を、レイを照らし出す。
その頬には涙が伝っていた。
赤く染めた瞳を涙に滲ませ、唯々自らの行いのみを悔いていた。
「……じゃあ、僕はもう行くよ。不快な思いをさせてしまってごめん。 皆には、ありがとうって伝えてくれると嬉しいな。 ……あ、いや、僕からの言葉なんか要らない……か」
レイは窓を開け、空への道を確保する。
そして、『翼』を発動させ、純白の翼を背中から生やし、孤独な夜空へと飛び立っていった。




