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第6話:『黒狼旅団』の誕生と方陣戦術の猛威


**第6話:『黒狼旅団』の誕生と方陣戦術の猛威**


 ヴィスコンティ伯爵から搾り取った金貨三百枚という莫大な身代金は、アランの手の中で牙へと姿を変えた。

 かつて十数名の野良犬集団だった部隊は、わずか数ヶ月で千人を超す大所帯に膨れ上がっていた。

 集まったのは、行き場を失った戦場崩れの歩兵、食い詰めた腕利きの弩兵、そしてアランの破格の報酬と「絶対に無駄死にさせない」という噂に惹かれた凄腕のならず者たちだ。


「本日をもって、我が隊は『黒狼旅団(こくろうりょだん)』と改称する」


 アランの宣言に、揃いの黒い胸甲を着け、長槍を担いだ千人の兵士たちが、地鳴りのような歓声を上げた。


「アラン、兵は膨れ上がったが……本当にあいつらは来るのか?」


 副官となったマルクが、重厚な鉄鎧の肩をすくめて尋ねる。


「来るさ。面目を泥に塗られ、金貨三百枚まで脅し取られた伯爵だ。家中の正規『重騎兵軍団』を動員して、俺たちを血の海に沈めなければ夜も眠れまい」


 アランは冷ややかに言い放ち、陣営の中央に据えられた異形の鉄筒へ視線を落とした。

 身代金の大半を投じ、ドワーフの鋳造職人たちに極秘で作らせた新兵器――黒色火薬で鉄弾を撃ち出す初期型火器、『ハンドカンノン(手砲)』である。


「時代の変わり目だ、マルク。騎士の時代を終わらせるぞ」


   *


 数日後。平原を埋め尽くしたのは、ヴィスコンティ家が誇る重騎兵五百騎と、歩兵千五百の大軍勢だった。


「泥舐め傭兵どもめ! 我が一族の恥を、貴様らの血で洗い流してやる!」


 陣頭に立つ伯爵の将軍が、怒号とともに剣を抜き放つ。

 全身を隙間なく板金甲冑で固めた五百騎が、一斉に突撃を開始した。


 ズシン! ズシン! ズシン!


 五百の軍馬が大地を蹴る振動は、さながら局所的な地震だった。圧倒的な質量の暴力が、黒狼旅団の陣形へと迫る。


 対するアランが敷いたのは、この世界に前例のない陣形――『長槍火器複合方陣(パイク・アンド・ショット)』。


「第一列、長槍を下ろせ! 石突きを地面に固定!」


 千人の兵が一つの塊となり、四方へ六メートルの長槍を針ネズミのように突き出す。その隙間から、ハンドカンノンを抱えた五十名の火砲兵が身を乗り出した。


「射程百歩……五十歩……」


 いななきと蹄の轟音が、鼓膜を破らんばかりに響き渡る。

 死の恐怖が兵士たちを締め上げた。だが、アランの冷徹な声が陣形全体に染み渡る。


「動くな。火薬と鉄は、血統も勇気も関係なく敵を穿つ。引きつけろ……」


 三十歩。敵騎兵の殺気も、馬の荒い鼻息さえ感じ取れる至近距離。


「――放てッ!」


 ズドォォォンッ!!


 雷鳴のような爆音が平原を切り裂き、白煙と硝煙の臭いが辺りを覆った。

 鉄筒から放たれた無数の鉛弾と鉄片が、突撃する重騎兵の最前列を直撃する。

 どれほど分厚い板金甲冑も、至近距離で叩き込まれた火薬の威力の前には紙同然だった。甲冑は易々と撃ち抜かれ、馬の面当ては砕け散り、先頭の五十騎は一瞬にして血肉の塊となって吹き飛んだ。


「な、何だ今の音は!? 魔法か!? 悪魔の仕業か!?」


 未体験の爆音と爆風、そして最前列が一瞬で消し飛ぶ惨状に、後続の重騎兵たちは大混乱に陥った。馬は狂ったように暴れ出し、陣形が内側から崩れていく。


「間を置くな! 弩隊、射て! 長槍隊、前へ!」


 硝煙の奥から、今度はクロスボウの矢が雨となって、混乱する騎兵群に降り注ぐ。

 さらに、逃げ場を失って足止めされた騎兵たちへ、六メートルの長槍を構えた歩兵の陣が、一つの壁となって一歩ずつ押し寄せた。


「突け! 突け! 押し潰せ!」


 戦場の王者だった重騎兵が、槍の林に押し込まれ、身動きもできぬまま次々と馬から叩き落とされていく。


「ひ、ひいぃぃっ! 悪魔だ! こいつらは悪魔の軍隊だ!」


 戦いは、わずか三十分で決した。

 伯爵軍が誇る最強の重騎兵軍団は半数が壊滅し、残りは味方の歩兵を踏み荒らしながら潰走していった。


「勝負あったな」


 アランは硝煙の漂う戦場を見渡し、低く呟いた。

 地に転がるのは、砕けた高級甲冑と、打ち捨てられた伯爵家の旗。

 アランの徹底した合理性と新技術は、「騎士による戦争」を終わらせ、集団戦と火器による「近代戦」の扉を力ずくでこじ開けたのだ。


「アラン……すげえよ。本当に勝っちまった……あの重騎兵軍団に!」


 マルクが、血と硝煙に汚れた顔で、震える手でアランの肩を叩く。

 周囲の兵士たちは熱狂し、声を揃えてアランの名を叫んでいた。


「アラン! アラン! アラン!」


 かつて泥の中で死を待つだけだった農民兵たちは、今や大陸のどんな諸侯も無視できない最強の傭兵団、『黒狼旅団』の精鋭となっていた。

 アランは翻る黒い狼の旗を見上げ、静かに次の構想を練る。


(これでこの地方の勢力図は塗り替わった。……次は、俺たちを『国』として認めさせる交渉だ)


 ただの傭兵から、歴史を動かす第三の勢力へ。

 アラン・デュ・ボスクの野望は、一領主の争いという小さな枠をとうに飛び越えていた。


(第6話 完)


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