# 第4話:騎士道を笑う
# 第4話:騎士道を笑う
「なんだと……!? 槍を構えて待ち伏せだと!? そんなものは騎士の戦いではない! 卑劣な農民どもの騙し討ちだ!」
豪奢な赤と金の陣幕の中で、依頼主であるローゼン伯爵の嫡男、ジークフリート卿が顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「我が一族の誉れある初陣に、そのような汚い真似は許さん! 傭兵風情が、正々堂々と正面から敵の騎士団と槍を交えんか!」
アランは呆れを通り越し、内心で冷ややかなため息をついた。
今回の雇い主は、伝統と格式を誇るローゼン伯爵家。
相手は宿敵ヴァルデック男爵が率いる、三十騎の重装騎士団だ。全身を分厚い板金鎧で固め、鍛え抜かれた軍馬で突き進むその突撃は、この地方では無敵と恐れられていた。
「ジークフリート卿」
アランは静かに頭を下げ、冷えた声で告げた。
「戦場にあるのは勝敗と生死だけです。誉れで鉄の鎧は弾けませんし、騎士道は腹の足しにもなりません。私の戦術に従っていただけないなら、契約に従い、黒狼隊は直ちに撤退いたします。前払い金はお返しできませんが」
「くっ……! 金の亡者めが!」
ジークフリートは歯噛みしたが、黒狼隊の評判を聞いて雇った手前、強くは出られなかった。
「……いいだろう。やってみせろ」
「ご覧に入れましょう。時代遅れの騎士たちが、泥の中でどう死んでいくかを」
*
戦場は、両側を深い森に挟まれた細い街道だった。
ヴァルデック男爵率いる三十騎が、地鳴りを響かせて姿を現す。
磨き上げた甲冑、意匠を凝らした槍、なびく羽飾り。物語の英雄のような壮麗さだった。
「ハハハ! 逃げ道のない街道で出くわすとは、運のない連中だ! 一気に踏み潰してくれる!」
先頭のヴァルデック男爵が槍を掲げ、突撃の合図を送る。
三十騎の鉄の塊が、狭い街道を埋め尽くして加速した。蹄が土を穿ち、凄まじい圧迫感が押し寄せてくる。
迎え撃つ黒狼隊は、三十名あまり。
アランは街道の中央に、三列に組んだ長槍の密集方陣を敷いていた。
「マルク、慌てるなよ。馬は利口な生き物だ。突っ込めば死ぬと分かれば、どれほど殴られても槍の山には飛び込まない」
「分かってるさ、アラン! 野郎ども、奴らの見た目の派手さに騙されるなよ!」
マルクが声を張り上げる。
最前列の兵が膝をつき、五メートルを超える長槍の石突きを地面に深く突き立てた。二列目、三列目の兵が、その隙間から斜めに穂先を差し出す。
道幅いっぱいに、鋼の棘の壁ができあがった。
「射手隊、構え」
方陣の両翼、森の影に潜んでいたクロスボウ隊が、一斉に弦を引き絞る。
「突撃ぃぃッ! 踏み潰せぇぇッ!」
騎士団が、五十歩手前まで迫った。
風を切る足音。馬のいななき。普通なら恐怖で足がすくみ、陣形が崩れる瞬間だ。
「――放て」
アランの手が振り下ろされた。
重い弦音が重なり合う。
狙うのは騎士ではない。馬の胸と脚だ。
鎧の騎士と違い、馬の防具は薄い。鉄の矢が、先頭の数頭の胸に深々と突き刺さった。
「ヒヒィィンッ!」
悲鳴を上げた馬が、前脚から崩れ落ちる。
高速で突っ込んでいた後続の騎士たちは、逃げ場のない街道で倒れた馬に次々と激突し、将棋倒しになって転がった。
「な……馬を狙うだと!? 卑怯だぞ、無礼者ども!」
ヴァルデック男爵が叫ぶ。だが、勢いを殺された騎士団の前に立ちはだかったのは、長槍の壁だった。
速さを失った馬は、目の前に突き出された幾重もの穂先に怯え、前脚を上げて暴れ出す。突撃の衝撃を失った重装騎士など、ただの重い鉄の置物にすぎない。
「前進! 突け!」
アランの冷酷な号令が飛ぶ。
長槍兵が一歩、また一歩と整然と進み、間合いの外から、動けない騎士を馬上から突き落としていく。
泥に転がった騎士へ、両翼から躍り出た軽歩兵が群がった。兜の隙間や関節のつなぎ目へ、短剣を容赦なく叩き込んでいく。
「くそっ、離せ! 私は男爵だぞ! 身代金を払う! 助け――」
ヴァルデック男爵の悲鳴は、マルクの槍の石突きの一撃で途切れた。男爵は白目をむき、泥に沈んだ。
わずか十五分。
無敵と謳われた重装騎士団は、一騎として黒狼隊の陣形を破れないまま、泥と血の中で壊滅した。
「……あり得ん。こんな戦い方があるか……」
後方で見物していたジークフリート卿は、顔面蒼白でがたがたと震えていた。
彼らが誇りとしてきた一騎打ちも、誉れある突撃も、農民上がりの傭兵の冷たい戦術の前に、何の意味もなく砕け散ったのだ。
アランは血に濡れた長剣の脂を布で拭いながら、立ちすくむジークフリートへ歩み寄った。
「卿。敵将ヴァルデック男爵を含め、生き残った騎士は八名です。速やかに身代金の交渉に入りましょう」
「あ、ああ……。お前たちは……化け物か……」
「いいえ。ただの商売人ですよ」
アランは薄く口元を歪めた。
「栄誉や誇りで腹は膨れません。勝つために最も効率のいい手段を選び、命に値をつける。それが俺たち傭兵です」
街道には、倒れた馬と甲冑の擦れる音、そして敗残兵のうめき声だけが響いていた。
重装騎士の時代が終わり、集団戦術と飛び道具の時代が来る。その転換点を、アラン・デュ・ボスクという男は、身をもって証明してみせたのだ。
アランは回収された大量の甲冑と軍馬を眺め、満足げにうなずいた。
「これを売れば、次は火薬が買えるな」
黒狼隊の進化は、もう誰にも止められなくなっていた。
(第4話 完)
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