# 第3話:名声を売る
# 第3話:名声を売る
「――で、これがその黒い狼の小隊旗か。ずいぶんと生意気な紋様だな」
豪奢な天幕の中で、ハルテンベルク男爵は鼻で笑いながら、卓上の旗を見下ろした。
黒地に銀の狼を描いた、真新しい旗。アランが前回の報酬をつぎ込み、職人に作らせたものだ。
「男爵閣下。我が黒狼隊は、私を含めて十五名。全員が厳しい規律のもとで鍛え抜かれた精鋭でございます」
アランは膝をつき、恭しく、しかし決して卑屈にならない絶妙な角度で頭を下げた。
盗賊討伐から一か月。
アランは村々で得た報酬で兵装を統一していた。磨き直した鉄兜に、揃いの黒い陣羽織。全員に長槍かクロスボウを持たせ、一見すれば裕福な騎士の私兵と見紛う体裁だ。
「たった十五名の野良犬が役に立つものか。隣のアルベルス子爵との国境争いに、奴は歩兵百名を集めてきているのだぞ」
「百名の雑兵など、恐るるに足りません。狩り出された農民の集まりです。我が隊をお雇いいただければ、閣下の損害を抑えたうえで、アルベルス軍の士気を挫いてごらんにいれます」
「ほらを吹くな。で、いくらで動く?」
「金貨五枚。ただし――」
アランは顔を上げ、男爵の目を真っ直ぐに見た。
「我が隊は独立した指揮権を保持します。また、敵の陣旗と、捕らえた将校の身代金の半分を、我が隊の取り分とする。そういう契約でお願いしたい」
「なに……? 一介の傭兵の分際で指揮権だと? 舐めるな、小僧!」
側近たちが剣の柄に手をかける。だがアランは微動だにしなかった。
「閣下、領民を無駄死にさせれば、秋の年貢が減るだけです。我が隊を使い捨ての先鋒としてではなく、敵の喉元を断つ刃としてお使いください。結果が出なければ、報酬は一枚もいただきません」
男爵はしばし睨みつけ、やがて口の端を吊り上げた。
「……面白い。無一文で死にに行くというなら好きにしろ。契約成立だ」
*
翌日。秋草の揺れる平原で、両軍が対峙した。
ハルテンベルク男爵軍は約八十。対するアルベルス子爵軍は約百。
どちらも農民をかき集めた雑多な軍勢で、陣形は不揃い、戦意も低い。領主同士の、泥臭い小競り合いだ。
「おいアラン、本当に大丈夫なのか? 相手は百人だぞ。男爵の軍と合わせても、こっちが負けてる」
陣羽織姿のマルクが、唾を飲み込んで尋ねる。
「問題ない。古来、合戦で兵が全滅することはまずない。一割が死傷すれば、その部隊は組織としての抵抗をやめ、逃げ出し始める」
アランは旗手に合図を送った。
「つまり、百人のうち十人を一瞬で叩き潰せば、残る九十人は勝手に崩れる。俺たちがやるのは殺し合いじゃない。敵の心を折ることだ」
不揃いな太鼓が鳴り、アルベルス軍が前進を始めた。
「押せ! 男爵の首を獲れ!」
身なりのいい騎士が数名、先頭で歩兵を叱咤している。
「男爵軍は中央で敵を受け止める手筈だ。黒狼隊は右翼へ迂回する!」
十五名は正面衝突を避け、大きく右へ旋回した。
「ハッ、逃げる気か、腰抜けどもめ!」
敵右翼の騎士が、数名の従者を引き連れ、アランたちめがけて突っ込んでくる。手柄に逸った、功名心の強い男だ。
「標的確認。……クロスボウ隊、構え」
アランが手を挙げると、五名がすっと前に出た。
彼らが構えているのは、巻き上げ機を備えた重クロスボウ。アランが前回の報酬の大半をはたいて揃えた、鎧を貫くための兵器だ。
「引きつけろ……五十歩……三十歩……今だ、射て!」
重い弦音が一斉に鳴った。
極太の鉄矢が空気を裂き、騎士の胸甲をやすやすと貫く。騎士は声もなく馬から転げ落ち、動かなくなった。後ろの従者たちも脚や肩を射抜かれ、悲鳴を上げて倒れ込む。
「き、騎士様が……一瞬で……!?」
周囲の歩兵に動揺が走った。突撃の看板だった騎士が、刃を交える間もなく殺されたのだ。
「長槍隊、前へ! 密集陣形!」
マルクを含む八名の長槍兵が肩を寄せ合い、五メートルを超える長槍の穂先をずらりと突き出す。
「突けぇぇぇッ!」
マルクの咆哮とともに、整然とした槍の壁が敵歩兵へ押し寄せた。
個人の武勇ではなく、一糸乱れぬ集団の質量による破壊。うろたえた歩兵たちは次々と刺し貫かれ、陣形は一瞬で崩れた。
「ひ、ひぃぃ! 化け物どもだ! 逃げろッ!」
アランの読みどおりだった。
十数名が倒れた時点で、敵の右翼は壊滅。混乱は瞬く間に中央へ伝わり、百の軍勢は雪崩を打って逃げ出した。
「深追いはするな! 陣旗と、動けない騎士だけを回収しろ!」
アランの声が戦場に響き渡る。
追撃で兵を傷つけず、最大の戦利品だけを確実に押さえる。徹底した合理主義だった。
戦いは、一時間足らずで決着がついた。
「素晴らしい……素晴らしいぞ、アラン!」
ハルテンベルク男爵は、並べられた敵の陣旗と捕虜の騎士を見て、興奮を隠せずにいた。
「我が軍の被害はほぼない! しかも敵は完膚なきまでの敗走だ! 約束の金貨五枚、受け取るがいい!」
「感謝いたします、閣下」
アランは金貨を受け取りながら、胸の内で静かに計算を弾いた。
(報酬の五枚に、身代金の取り分でさらに金貨十枚相当。……十分な利益だ)
だが、今回得た最大の戦利品は、金ではなかった。
「おい、見たか? あの黒い狼の旗。たった十五人で敵の右翼を粉砕したってよ」
「黒狼隊……相当な凄腕の傭兵らしい……」
男爵の兵や、噂を聞きつけた商人たちが、畏れの混じった眼差しをアランたちへ向けている。
アランは、風にたなびく黒狼の旗を見上げた。
「名が売れたな。これで次からは、もっと高い値を要求できる」
泥臭い野良犬から、誰もが雇いたがる高価な刃へ。
アラン・デュ・ボスクの名と黒狼隊の存在は、この小さな国境地帯を越え、より大きな歴史のうねりへと広がり始めていた。
(第3話 完)
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