IFルート第4話:帝都殴り込みと「株主総会」
**IFルート第4話:帝都殴り込みと「株主総会」**
アルデンヌの大決戦から、わずか十日後。
神聖帝国の首都・帝都は、かつてない異様な緊迫感に包まれていた。
城門をくぐり、大通りを進んでくるのは、帝国旗ではなく「黒地に銀の狼」の旗を掲げた三万八千の大軍勢。
かつて敵同士だった公国軍と帝国軍の兵士たちが、アランから支給された真新しい黒の制服をまとい、一糸乱れぬ足取りで行進している。
「な……なんだあの軍勢は!? 敵と味方が一緒に行進しているぞ!?」
「見ろ! 我らがシュタイン公爵閣下が、囚人のように縄で縛られて連行されている!」
大通りを埋め尽くした市民や貴族たちが、目を疑う光景に息をのんだ。
絢爛豪華な宮殿、大玉座の間。
老皇帝の前へ、アラン・デュ・ボスクが悠々と歩み寄った。
背後には、膝をガタガタと震わせるシュタイン公爵と、分厚い革の帳簿ケースを抱えた『黒狼商会』の会計士たちが並んでいる。
「無礼者め! 傭兵アラン・デュ・ボスク!」
玉座の脇から、大貴族の重臣たちが一斉に怒号を上げた。
「軍を無断で帝都へ引き入れ、あまつさえシュタイン公爵閣下を拘束するとは何事か! 即刻立ち去らねば、大逆罪として全軍をもって処刑するぞ!」
「処刑、ですか」
アランは薄く冷ややかな笑みを浮かべ、懐から羽根ペンを一本取り出した。
「お言葉ですが、今の神聖帝国には、我が旅団を処刑する軍資金も、兵に支払う給金も、一文たりとも残っていませんよ」
「な……何だと!?」
「説明して差し上げなさい」
アランの合図で、会計士たちが巨大な羊皮紙の巻物を、大広間の床一面に広げた。
そこにびっしりと書かれていたのは、神聖帝国の国家予算、各貴族家の借入金、そして莫大な戦時国債の明細であった。
「――神聖帝国財政状況報告。過去十年の対外戦争と、貴族の方々の豪奢な浪費により、帝国の累積債務は金貨五十万枚。今年度の国家収入に対し、返済額は四倍を超えております」
会計士の淡々とした読み上げに、大広間は静まり返った。
「さらに本日までに、市場に流通していた帝国国債と、全貴族家の領地担保手形の七割以上を、我が『黒狼商会』が買い取りました。アルデンヌで差し押さえた両軍の資産を元手に、この十日間で買い増したものです」
アランは広げられた書類を指で叩き、老皇帝を見上げた。
「つまり皇帝陛下。あなた方が暮らすこの宮殿も、履いている靴も、兵士たちの甲冑も、すべて我が商会の担保物件でございます」
「む、無知な野良犬めがッ!」
重臣の一人が激昂して叫んだ。
「借金など紙くずだ! 帝国の絶対的な武力と権力をもってすれば、貴様のような傭兵の借用証書など、この場で無効にして破り捨てることができるのだぞ!」
「どうぞ、破り捨ててください」
アランはまったく動じず、淡々と手を打ち鳴らした。
ズシン……! ズシン……!
宮殿の外から地鳴りのような足音が響き、大玉座の間の窓ガラスが激しく震えた。
「な、何事だ!?」
諸侯が慌てて窓の外を覗くと、宮殿を三重に包囲した契約兵三万八千が、黒光りする最新式のファルコン砲と重クロスボウを、宮殿へ向けて構えていた。
「お忘れですか?」
アランは静かに、しかし絶対的な冷徹さで言い放った。
「あなた方が『無効』にしようとしている借金の裏には、我が商会が雇った三万八千の兵が控えています。手形を踏み倒すとおっしゃるなら、ただちに担保権を行使し、この帝都と全領地を武力で回収いたします」
「ひいぃぃっ……!」
重臣たちは青ざめ、腰を抜かした。
武力で脅そうにも、その兵の給金を払っているのはアランなのだ。帝国が踏み倒しを図った瞬間、三万八千の兵が債権者の刃となる仕組みが、完璧に出来上がっていた。
「……黙れ、諸侯ども」
沈黙を守っていた老皇帝が、かすれた声で重臣たちを制した。
その顔に浮かんでいたのは怒りではなく、チェックメイトをかけられた者特有の、深い諦念だった。
「アラン・デュ・ボスク……。そなたの狙いは何だ? 我が首を刎ね、自ら皇帝の座に就く気か?」
「とんでもない」
アランは首を振った。
「皇帝などという、暗殺の危険が高く、退屈な書類仕事に追われる不経済な職に就く気はありません。私が提案したいのは、双方の利益になる取引です」
アランは懐から新たな契約書を取り出し、皇帝の足元へ滑らせた。
「本日をもって神聖帝国を解体・再編し、『神聖帝国ホールディングス株式会社』へ移行します。
皇帝閣下には代表取締役、いわば雇われ社長として、引き続き象徴の座にとどまっていただきます。そして我が商会が筆頭株主として、帝国の財政、物流、軍事の統括権を掌握いたします」
「神聖帝国が……株式会社……!?」
皇帝と諸侯が絶句する中、アランは不敵に口元を歪めた。
「血統や身分による無駄な戦争と浪費の時代は、終わりました。これよりこの国は、純利益と効率のみによって運営されます」
泥の中から這い上がった傭兵、アラン・デュ・ボスク。
一国の将軍どころか、巨大帝国そのものを買い叩き、筆頭株主として君臨する。前代未聞の取引が、ここに成立したのだった。
(IFルート第4話 完)
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