IFルート第3話:戦場での「破産通告」
**IFルート第3話:戦場での「破産通告」**
空が朱色から深い群青へと移り変わる黄昏時。
アルデンヌ平原を覆っていた砲声と鬨の声が、不気味なほど静かに止んだ。
「な……何事だ!? なぜ黒狼旅団も敵軍も、攻撃をやめたのだ!?」
神聖帝国軍の本陣で、シュタイン公爵が甲高い声を張り上げた。
全軍突撃の命令を出したにもかかわらず、最前線の黒狼旅団は長槍を収め、大盾を地面に突き立てて、完全に休戦の構えに入っている。さらに不可解なことに、対するマルセル公国軍までもが、示し合わせたように武器を引いていた。
その時――
シャカン、シャカン……
静まり返った戦場の中央を、馬に乗った一団がゆっくりと進んできた。
黒い揃いの胸甲をまとった十数名の騎士。先頭に立つのは、黒狼旅団長アラン・デュ・ボスクである。
アランの左右には、羊皮紙の分厚い束と帳簿を抱えた『黒狼商会』の会計士たちが、ずらりと従っていた。
「アラン! 貴様、何の真似だ!」
本陣から飛び出してきたシュタイン公爵が、顔を真っ赤にして怒鳴った。
同時に、反対側の陣営から「どういうつもりだ!」と叫びながら馬を寄せてきたのは、マルセル公国軍の総指揮官、カルロ大公である。
「公爵閣下、大公殿下。両軍の総指揮官がお揃いで何よりです」
アランは馬上で恭しく一礼したが、その目は凍りつくほど冷たかった。
「双方ともお疲れのご様子。弾薬は尽き、兵の食料もなく、給与の未払いにも頭を悩ませておられることと存じます」
「たわごとを! 傭兵の分際で総指揮官に口を挟むな! 早く敵を打ち破らんか!」
「お静かに願います、シュタイン公爵」
静かだが有無を言わせぬ一言に、公爵の言葉が喉に詰まった。
「本日、私どもがここへ参りましたのは、合戦の指示を仰ぐためではありません。『執行』のためです」
「し、執行……!?」
アランが片手を上げると、後方の会計士が一歩進み出て、羊皮紙の書状を高らかに読み上げ始めた。
「――通告。神聖帝国シュタイン公爵家、ならびにマルセル公国カルロ大公家が過去三年間に発行した戦時債券、軍資金手形、および軍需物資のツケ手形、合計金貨五万枚分。本日午後五時をもって、すべての据置期間が満了いたしました」
「な……何だと!?」
カルロ大公の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「バ、バカな! 我が公国の手形は、欧州の五つの銀行に返済期限の延長を申請中のはずだ!」
「その五つの銀行が持っていた公国家の手形、ならびにシュタイン公爵家の借用証書は、本日正午をもって、我が『黒狼商会』がすべて現金で買い取りました」
アランは不敵に微笑み、分厚い債権書類の束を二人の目の前に掲げた。
「つまり現在、お二方の負債の筆頭債権者は、私、アラン・デュ・ボスクでございます」
「な……ななな……! 傭兵の分際で、我が家の借金を買い占めたというのか!?」
シュタイン公爵は、ガタガタと震え出した。
「債務不履行となった以上、私には担保権を行使する権利がございます。戦時債券の約款により、両軍の軍需物資は担保に入っておりますので」
アランは胸元から差押命令書を取り出し、冷酷に告げた。
「一、両軍が所有する野戦砲、火器、馬匹、食料、兵器一式を、担保としてただちに差し押さえます。
二、兵士の給与は我が商会が代行して支払い、本日より全兵士を契約兵として再雇用いたします。
三、したがって、お二方の『全軍の指揮権』は消滅いたしました。これ以上の戦闘行為は、担保物件の毀損とみなします」
「ふ、ふざけるなッ!!」
カルロ大公が狂乱し、腰の剣を抜こうとした。
「者ども! この生意気な傭兵を叩き斬れ! 借用証書を破り捨てろッ!」
しかし、大公の背後に控える公国軍の将校も兵士も、誰一人として動かなかった。
「な……なぜ動かん!? 予の命令だぞ! 斬れ!」
「殿下……無理です……」
先頭の将校が、泣きそうな顔で首を振った。
「アラン殿の部下が、全軍に触れ回っているのです。『今すぐ武器を捨てて黒狼商会に登録すれば、本日分の給金を金貨で手渡し、温かいスープも支給する』と。兵たちはすでに、武器を置いて受付に並んでおります……」
「な……なにぃぃっ!?」
振り向けば、両軍合わせて三万八千の兵士たちが、自ら甲冑や槍を地面に積み上げ、黒狼商会の旗の前に整然と列を作っていた。
飢えと未払いに苦しんできた兵士たちにとって、破産した無能な貴族の上官より、その場で金を払い、食料をくれる債権者のほうが、はるかに頼もしかったのだ。
「終わりですよ、お二人とも」
アランは馬上から、膝から崩れ落ちたシュタイン公爵とカルロ大公を見下ろした。
「戦いは武力でするものではありません。金と物流でするものです。その両方を失ったあなた方に、将軍の資格はない」
「あ……アラン……頼む……! 我が家を潰さないでくれ! 皇帝陛下に、なんと申し開きをすれば……!」
泣きつくシュタイン公爵に、アランは冷ややかに言い放った。
「ご安心を。皇帝陛下への申し開きは、私が帝都へ出向いて直接いたします。あなた様も『破産した担保物件』として、帝都までご同行いただきますがね」
全欧州を揺るがしたアルデンヌの大決戦は、決着の瞬間に一滴の血も流れることなく、一人の男が突きつけた破産通告によって、完勝と全差押えの形で幕を閉じたのだった。
(IFルート第3話 完)
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