IFルート第2話:開戦と「債権回収」の幕開け
**IFルート第2話:開戦と「債権回収」の幕開け**
地鳴りのような太鼓の音が、アルデンヌ平原の朝霧を切り裂いた。
神聖帝国軍二万対マルセル公国軍一万八千。
全欧州の命運を賭けた大決戦の幕が、切って落とされたのである。
「黒狼旅団、前へ! 最前線に展開し、敵の突撃を食い止めろ!」
帝国軍の本陣から、シュタイン公爵の傲慢な命令が飛んだ。
公爵は高台の安全な天幕で高笑いしながら、黒狼旅団が公国軍一万八千に押し潰される未来を確信していた。
(ハハハ! 雇われの野良犬どもめ、敵の矢弾をその身で受け止め、泥の中で果てるがいい! 兵力が削れたところへ我が重装騎兵を突入させ、手柄はすべて我がものとする!)
――だが、公爵の思惑は、戦闘開始からわずか一時間で大きく狂い始めた。
「全隊、パイク・スクエア(長槍密集方陣)を組め! 前列の大盾を固定し、一歩も引くな!」
黒狼旅団の陣頭に立つアラン・デュ・ボスクが、冷徹な声で指示を飛ばす。
アラン率いる一千五百の旅団は、高台と湿地に挟まれた隘路に、強固な方陣を築き上げた。
突撃してくる公国軍の重装騎兵や歩兵に対し、アランの部隊は打って出ることなく、長槍の壁と分厚い大盾でひたすら攻撃を受け止め続けた。
ドスドスドスッ!
「ぐああっ! 槍の壁が厚すぎて突破できん!」
「後続、押せ! 押し潰せ!」
公国軍の先鋒は幾度も怒涛の突撃を仕掛けるが、方陣はびくともしない。
それどころかアランは、一定の間隔でハンドカンノン(小型火薬砲)を空や足元へ向けて一斉に放たせ、激しい爆音と煙幕を戦場に充満させた。
ズドォォォンッ!!
「な、なんだこの爆音は!? 馬が狂ったぞ! いったん引け!」
爆音と煙幕に混乱した公国軍は、決定的な損害を受ける前に退き、態勢を整えては再び突撃を繰り返す。
「おいアラン……!」
大盾の陰で、汗だくのマルクが声を潜めた。
「敵の死傷者が少なすぎないか? 火砲も威嚇射撃ばかりだ。これじゃ敵の兵力がちっとも減らねえぞ!」
「減らす必要はない」
アランは砂時計を取り出し、静かに砂の落ちる様子を見つめた。
「敵の兵力を削れば、撤退されるか、一か八かの総力戦に出られる。俺たちが狙うのは決着ではない。極限まで時間を浪費させる、膠着状態だ」
「時間を浪費……?」
「そうだ。一度突撃するたびに、公国軍は矢弾と馬、兵の食料と日当をどれだけ消費すると思う? 帝国軍も同じだ。我が軍の後方で待機しているだけで、毎時間、莫大な維持費が溶けていく」
アランは冷酷に口元を歪めた。
「戦争とは、立っているだけで金が溶ける巨大な浪費装置だ。膠着が長引くほど、両軍に金を貸した者たちは青ざめ、手形の暴落に拍車がかかる」
アランの計算どおり、戦況は一進一退の不毛な泥沼と化していった。
午前から午後へ、太陽が傾いても、黒狼旅団の防衛陣形は崩れない。
公国軍は全兵力の三割を投じて突撃を繰り返したが、いたずらに矢弾を消費し、兵を疲弊させただけに終わった。
「くそっ! なぜあの傭兵どもの陣形が突破できんのだ! 矢を撃ち尽くせ! 火薬を持ってこい!」
公国軍の本陣では、カルロ大公が血走った目で叫んでいた。
「殿下! 後方の補給部隊から報告です! 本日使用した矢と火薬の代金、ならびに運送費の支払いが滞り、商人たちが追加の資材の引き渡しを拒否しております!」
「なにぃっ!? 支払いはすべて手形で済ませてあるはずだ!」
「それが……手形の発行元である公国中央金庫の信用が暴落し、商人たちが受け取らなくなったのです! 『現金の金貨で払わねば、一矢も渡せん』と……!」
「おのれ……! この大一番で、何ということだ!」
同じ頃、神聖帝国軍の本陣でも、シュタイン公爵が激怒していた。
「何をやっておるのだ、アランめ! なぜ敵を打ち破らん! これでは我が重装騎兵の出番がないではないか!」
「公爵閣下! 兵たちから不満が出ております! 朝から陣を組んだまま放置され、昼の配給も届いておりません!」
「なに? 兵糧はどうした!」
「それが……軍糧を納めている大手商会から連絡があり、『シュタイン家の手形に差押えの動きが出ているため、本日の食料供給を停止する』と……!」
「差押えだと!? 馬鹿な! 我がシュタイン家が破産するとでもいうのか!?」
陽が沈みかけ、アルデンヌ平原が朱色に染まり始めた頃。
両軍の兵士たちは、終わりの見えない膠着戦と、届かぬ食料と補給に、すっかり戦意を失っていた。
突撃の勢いは完全に潰え、平原には重苦しい沈黙と疲弊だけが漂っている。
「……よし、熟したな」
方陣の中央で、アランは静かに腰の剣の柄を叩いた。
両軍とも、兵力は九割以上が残っている。
だが弾薬は底をつき、食料はなく、兵の給与は未払い。そして何より、両軍の総指揮官が発行した手形は、市場で完全に紙くずと化していた。
「マルク、合図の信号弾を上げろ」
「へいへい。いよいよだな、アラン」
マルクが合図の筒を空へ向ける。
ヒュルルル……ッ!
真紅の信号弾が夕空高く打ち上がり、アルデンヌの空で眩しく弾けた。
それは勝利を告げる信号でも、撤退の合図でもない。
全欧州の歴史を塗り替える、前代未聞の「戦場での債権回収」の開幕を告げる号砲だったのだ。
(IFルート第2話 完)
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