↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/28

IFルート第1話:裏切りよりも儲かる選択


**IFルート第1話:裏切りよりも儲かる選択**


 アルデンヌ平原。

 三日後に大決戦を控え、神聖帝国軍二万の陣営には、重苦しい緊張と殺気が充満していた。

 本陣の作戦天幕を出たアラン・デュ・ボスクは、夜風に吹かれながら、冷ややかな目で作戦図を見つめていた。

(シュタイン公爵の狙いは明快だ。我が『黒狼旅団』千五百を最前線に配置し、マルセル公国軍一万八千の猛攻を正面から受け止めさせる。我が軍がすり潰されたところで、本隊の重装騎兵を突入させ、手柄を横取りする気だな)

 完全な捨て駒扱いである。

 普通の傭兵隊長なら、憤怒に震えるか、絶望して戦前逃亡を図るところだろう。

「……おいアラン、来たぞ」

 暗闇の中から、副官のマルクが巨体を滑り込ませてきた。

 その背後には、黒いフードを深くかぶった小柄な男が控えている。敵対するマルセル公国軍の総指揮官、カルロ大公が遣わした秘密の密使だった。

「アラン・デュ・ボスク殿とお見受けする」

 密使は周囲を警戒しながら、懐から羊皮紙の書状を取り出した。

「カルロ大公殿下からのご提案だ。合戦の当日、貴殿らには最前線で帝国軍を裏切り、背後からシュタイン公爵の本隊を襲撃していただきたい。成功の暁には、金貨三千枚と公国での男爵位をお約束しよう」

 常識的な傭兵なら、この破格の条件に飛びつくはずだ。

 ――だが。

 アランは差し出された書状をちらりと見ただけで、受け取ろうともしなかった。

「断る」

「な……!?」

 密使が驚愕に目を剥く。マルクも慌ててアランの顔を覗き込んだ。

「お、おいアラン! 断るのか!? このままじゃ俺たちは、シュタインのクソ野郎に捨て駒にされて全滅だぞ!」

「裏切りはコストが高すぎる」

 アランは干し肉をかじりながら、淡々と数字を弾き始めた。

「第一に、戦場で裏切り者の汚名を着れば、旅団の信用が落ちる。今後の警備・護衛の単価も下がるだろう。

 第二に、金貨三千枚では、戦死者への弔慰金と補充兵の雇用費を引くと、純利益は数百枚にしかならん。

 第三に、爵位など、維持費と宮廷工作費ばかりかさむ無駄な負債だ。一文の得にもならん」

「くっ……! 貴様、命がかかっているのだぞ! 男爵位を負債だと!?」

 密使は怒りに震えたが、アランの眼光はさらに冷たく研ぎ澄まされた。

「公国側の事情も透けて見える。カルロ大公もこの戦争で軍費を使い込み、公国の財政は火の車のはずだ。俺たちに払う金貨三千枚すら、勝利後に戦利品を売り払って工面するつもりだろう?」

「なっ……なぜそれを……!」

「双方とも貧乏なうえに、破産寸前の泥沼戦争だ。そんな安っぽい裏切りの片棒を担ぐ気はない。密使殿、公国へ戻ってカルロ大公に伝えろ。『もっと効率的な取引(ビジネス)がある』とな」

 密使を追い返すと、天幕にはアランとマルクの二人だけが残った。

「おいおい、裏切らないならどうするんだ? シュタインに従って、正面から突撃するのか?」

「まさか。使い捨てにされるのは御免だ」

 アランは卓の上に、分厚い帳簿を数冊と、欧州各地の金融業者の印が押された手形数十枚を並べた。

「マルク。この戦争で一番儲けているのは誰だと思う?」

「誰って……勝った方の将軍か?」

「違う。両軍に軍資金を貸し付けている銀行家たちだ」

 アランはペンを執り、羊皮紙に素早く図を書き殴った。

「シュタイン公爵もカルロ大公も、二万規模の大軍を維持するために、欧州中の金融業者から莫大な借金をしている。戦時国債に、軍資金手形だ。だが戦争が長引き、どちらも勝利を確信できなくなった。そのせいで市場では、両軍の手形が暴落している」

「暴落……? つまり、借用証書が安くなってるってことか?」

「そうだ。本来なら金貨百枚の価値がある手形が、今は貸し倒れの恐怖から、金貨十枚ほどの捨て値で投げ売りされている」

 アランは不敵に口元を歪めた。

「俺は、旅団の蓄えと、グラーフ伯爵から取り立てた慰謝料を合わせた金貨五千枚を、すべて投入した。裏で欧州中の銀行家に手を回し、帝国軍と公国軍の借用証書を二束三文で買い集めさせている」

「な……なんだと……!?」

 マルクは顎が外れそうな顔になった。

「買い集めてどうするんだよ!? 両軍が破産したら、ただの紙くずだぞ!?」

「破産させなければいい。……いや、違うな」

 アランは指で卓上の帳簿を力強く叩いた。

「両軍の借金の過半数を俺が押さえれば、俺は両軍の筆頭債権者になる。そうなれば、シュタイン公爵もカルロ大公も、俺の許可なしには兵に飯一食食わせることも、一発の火薬を買うこともできなくなる」

 アランの狙いは、陣営の寝返りなどという、ちっぽけな戦術ではなかった。

 戦争という巨大な消費事業そのものを金融の力でまるごと買収し、両軍を同時に差し押さえる。常識外れの、超巨大な金融チートだったのだ。

「三日後の決戦、俺たちは戦わない」

 アランは静かに立ち上がり、夜空に浮かぶ満月を見上げた。

「両軍が限界まで疲弊し、弾薬も食料も使い果たした最高のタイミングで、戦場に『債権回収通告』を突きつけてやる」


(IFルート第1話 完)


---



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。