IFルート第1話:裏切りよりも儲かる選択
**IFルート第1話:裏切りよりも儲かる選択**
アルデンヌ平原。
三日後に大決戦を控え、神聖帝国軍二万の陣営には、重苦しい緊張と殺気が充満していた。
本陣の作戦天幕を出たアラン・デュ・ボスクは、夜風に吹かれながら、冷ややかな目で作戦図を見つめていた。
(シュタイン公爵の狙いは明快だ。我が『黒狼旅団』千五百を最前線に配置し、マルセル公国軍一万八千の猛攻を正面から受け止めさせる。我が軍がすり潰されたところで、本隊の重装騎兵を突入させ、手柄を横取りする気だな)
完全な捨て駒扱いである。
普通の傭兵隊長なら、憤怒に震えるか、絶望して戦前逃亡を図るところだろう。
「……おいアラン、来たぞ」
暗闇の中から、副官のマルクが巨体を滑り込ませてきた。
その背後には、黒いフードを深くかぶった小柄な男が控えている。敵対するマルセル公国軍の総指揮官、カルロ大公が遣わした秘密の密使だった。
「アラン・デュ・ボスク殿とお見受けする」
密使は周囲を警戒しながら、懐から羊皮紙の書状を取り出した。
「カルロ大公殿下からのご提案だ。合戦の当日、貴殿らには最前線で帝国軍を裏切り、背後からシュタイン公爵の本隊を襲撃していただきたい。成功の暁には、金貨三千枚と公国での男爵位をお約束しよう」
常識的な傭兵なら、この破格の条件に飛びつくはずだ。
――だが。
アランは差し出された書状をちらりと見ただけで、受け取ろうともしなかった。
「断る」
「な……!?」
密使が驚愕に目を剥く。マルクも慌ててアランの顔を覗き込んだ。
「お、おいアラン! 断るのか!? このままじゃ俺たちは、シュタインのクソ野郎に捨て駒にされて全滅だぞ!」
「裏切りはコストが高すぎる」
アランは干し肉をかじりながら、淡々と数字を弾き始めた。
「第一に、戦場で裏切り者の汚名を着れば、旅団の信用が落ちる。今後の警備・護衛の単価も下がるだろう。
第二に、金貨三千枚では、戦死者への弔慰金と補充兵の雇用費を引くと、純利益は数百枚にしかならん。
第三に、爵位など、維持費と宮廷工作費ばかりかさむ無駄な負債だ。一文の得にもならん」
「くっ……! 貴様、命がかかっているのだぞ! 男爵位を負債だと!?」
密使は怒りに震えたが、アランの眼光はさらに冷たく研ぎ澄まされた。
「公国側の事情も透けて見える。カルロ大公もこの戦争で軍費を使い込み、公国の財政は火の車のはずだ。俺たちに払う金貨三千枚すら、勝利後に戦利品を売り払って工面するつもりだろう?」
「なっ……なぜそれを……!」
「双方とも貧乏なうえに、破産寸前の泥沼戦争だ。そんな安っぽい裏切りの片棒を担ぐ気はない。密使殿、公国へ戻ってカルロ大公に伝えろ。『もっと効率的な取引がある』とな」
密使を追い返すと、天幕にはアランとマルクの二人だけが残った。
「おいおい、裏切らないならどうするんだ? シュタインに従って、正面から突撃するのか?」
「まさか。使い捨てにされるのは御免だ」
アランは卓の上に、分厚い帳簿を数冊と、欧州各地の金融業者の印が押された手形数十枚を並べた。
「マルク。この戦争で一番儲けているのは誰だと思う?」
「誰って……勝った方の将軍か?」
「違う。両軍に軍資金を貸し付けている銀行家たちだ」
アランはペンを執り、羊皮紙に素早く図を書き殴った。
「シュタイン公爵もカルロ大公も、二万規模の大軍を維持するために、欧州中の金融業者から莫大な借金をしている。戦時国債に、軍資金手形だ。だが戦争が長引き、どちらも勝利を確信できなくなった。そのせいで市場では、両軍の手形が暴落している」
「暴落……? つまり、借用証書が安くなってるってことか?」
「そうだ。本来なら金貨百枚の価値がある手形が、今は貸し倒れの恐怖から、金貨十枚ほどの捨て値で投げ売りされている」
アランは不敵に口元を歪めた。
「俺は、旅団の蓄えと、グラーフ伯爵から取り立てた慰謝料を合わせた金貨五千枚を、すべて投入した。裏で欧州中の銀行家に手を回し、帝国軍と公国軍の借用証書を二束三文で買い集めさせている」
「な……なんだと……!?」
マルクは顎が外れそうな顔になった。
「買い集めてどうするんだよ!? 両軍が破産したら、ただの紙くずだぞ!?」
「破産させなければいい。……いや、違うな」
アランは指で卓上の帳簿を力強く叩いた。
「両軍の借金の過半数を俺が押さえれば、俺は両軍の筆頭債権者になる。そうなれば、シュタイン公爵もカルロ大公も、俺の許可なしには兵に飯一食食わせることも、一発の火薬を買うこともできなくなる」
アランの狙いは、陣営の寝返りなどという、ちっぽけな戦術ではなかった。
戦争という巨大な消費事業そのものを金融の力でまるごと買収し、両軍を同時に差し押さえる。常識外れの、超巨大な金融チートだったのだ。
「三日後の決戦、俺たちは戦わない」
アランは静かに立ち上がり、夜空に浮かぶ満月を見上げた。
「両軍が限界まで疲弊し、弾薬も食料も使い果たした最高のタイミングで、戦場に『債権回収通告』を突きつけてやる」
(IFルート第1話 完)
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