第17話 最後の刺客と「黒狼」の引退
**第17話 最後の刺客と「黒狼」の引退**
「武力でも勝てず、経済でも潰せぬなら……奴の首を直接刎ねるまでよ!」
神聖帝国の陰で蠢く、旧権力者たちの地下集会。
財政破綻に追い込まれた伯爵や子爵たちが、血走った目でテーブルを囲んでいた。
彼らが大金をかき集めて雇い入れたのは、暗黒街で「影の処刑人」と恐れられる伝説の暗殺者集団『黒い毒蛇』。その首領と、厳選された三十名の刺客である。
「標的はアラン・デュ・ボスク。バルク領の領主館に陣取っておる。奴を殺せば、あの忌々しい『警備会社』も『銀行』も、一瞬で瓦解する!」
「お任せあれ。どれほど屈強な護衛がいようと、人の寝首をかくなど容易いこと。……明晩、アランの首を献上いたしましょう」
毒塗りの短剣を手に、刺客の首領は薄闇の中で冷酷に口元を歪めた。
*
翌晩。雨の降る深夜のバルク領主館。
かつての領主館は、アランの手で秘密裏に改装され、堅牢な「要塞建築」へと姿を変えていた。
外壁は隙間のない滑らかな石造り。窓には太い鉄格子がはまり、屋根の上では松明を持った警護兵が行き交っている。
「ふん、厳重な警備だが……我らの『影渡り』の前には無力よ」
漆黒の衣装に身を包んだ三十名の刺客は、音もなく敷地内へ侵入した。
鉤縄で高い壁を軽々と越え、屋敷の通気口や窓の隙間から、煙のように館内へ潜り込んでいく。目指すは、最上階にあるアランの執務室だ。
「……誰もいない? 館の中に歩哨が一人もおらんとは、油断したな」
首領は不審に思いつつも、目的の扉の前へ到達した。
扉の奥からは、静かに書類をめくる音と、ワイングラスを置く微かな音が聞こえる。
「もらったッ!」
首領の合図とともに、三十名の刺客が一斉に扉を叩き割り、執務室へ躍り込んだ。
毒塗りの投げナイフと鉄の矢が、机に座る「アランの人影」へ殺到する。
ドスドスドスッ!
「仕留めた――!?」
首領が歓喜の声を上げかけた、その瞬間。
机に倒れ込んだアランの首が、ゴロリと音を立てて転がり落ちた。
「な……精巧な『からくり人形』だと……!?」
刺客たちが愕然とした直後、背後の頑丈な鉄扉がバタンと閉じた。同時に、部屋の四方から重い鉄格子が下りてくる。
カチリ。
「ようこそ、我が『実験室』へ」
壁の小さな通気口――伝声管から、アランの冷ややかな声が響いた。
「アラン! どこにいるッ! 姿を現せ!」
「君たちの侵入経路、時間、人数。すべて、こちらの計算通りだ」
アランは執務室の隣にある安全室から、二重の覗き穴越しに刺客たちを見下ろしていた。
「暗殺者は、常に『最短で、最も警戒の薄いルート』を選ぶ習性がある。だから、そのルートへ誘い込み、この密室に追い詰めるよう、館の構造を改修しておいたのさ」
「くそっ! 鉄格子を叩き壊せ! ここから出るんだ!」
刺客たちが狼狽して刃を振るうが、厚さ数センチの鍛造鉄格子はびくともしない。
「無駄だ。そこは『火薬の実験場』としても使えるよう設計してある。防音も完璧だ。君たちの悲鳴は、外には漏れない」
アランが壁のレバーを引き下ろした。
シューーーッ!!
天井の隙間から、唐辛子と硫黄を濃縮した催涙の燻煙が、猛烈な勢いで噴き出した。
「ゴホッ! ゲホッ! 目が……目が痛ぇぇッ!」
「息が……呼吸ができないッ! 助けてくれぇっ!」
伝説の暗殺者集団『黒い毒蛇』の精鋭は、刃を交えることすらできないまま、床を転げ回り、数分と経たずに全員が失神して崩れ落ちた。
*
鉄格子が上がり、防毒の覆面をつけたマルク率いる『黒狼警備隊』が踏み込んでくる。
「相変わらず手厳しいな、アラン。全欧州最高の暗殺者集団が、ひとたまりもなく全滅かよ」
「暗殺とは、不確定要素を突く攻撃だ。ならば、その不確定要素を排除し、完全に制御された空間を作れば、絶対に負けない。簡単な理屈だよ」
アランは倒れた首領の懐から、旧貴族たちの署名入りの暗殺依頼書を抜き取った。
「これだけの証拠があれば十分だ。彼らの全財産は裁判で没収し、我が警備会社の発展基金に回そう」
「へへッ、徹底してるな。で、アラン……これで俺たちを狙う奴らは、もういなくなったぞ」
「ああ」
アランは窓の外、朝焼けに染まるバルクの豊かな街並みを見渡した。
交易船が行き交い、商人たちが笑顔で言葉を交わし、黒い制服の警備員たちが静かに街を守っている。
かつて泥にまみれ、理不尽な貴族に踏みつけられていた農民の少年は、自らの知恵と計算だけで、「誰にも脅かされない平和」を作り上げたのだ。
「マルク。……俺はそろそろ、現場の指揮から『引退』する」
「……え? 引退!?」
「これからは経営者として、裏方で数字を弾くだけだ。これ以上、前線に出るのは、プロとして『リスクが高すぎる』からな」
アランは、フッと穏やかな笑みを浮かべた。
泥の中の一兵卒から始まり、「戦場の支配者」と恐れられた男の「戦い」は、こうして終わりを告げた。
彼が築いた仕組みだけが、新しい時代を動かしていく。
(第17話 完)
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