第16話 自領の獲得と「警備会社」の設立
**第16話 自領の獲得と「警備会社」の設立**
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大戦争が終わり、欧州に束の間の平穏が訪れると、全土の領主たちをある問題が悩ませ始めた。
――戦後にあふれかえった、「食い詰め傭兵」たちである。
平和になれば、貴族たちは高給な傭兵を即座に解雇する。行き場を失った数万の元兵士は次々に盗賊と化し、街道を襲い、各地の治安は最悪の状態に陥っていた。
「アラン、困ったことになったぞ……」
自治都市として独立を宣言したバルク領。その領主館で、副官のマルクが眉をひそめ、書類を机に叩きつけた。
「隣国の諸侯どもが『平和になったから傭兵は要らん』とばかりに、解雇した兵士をバルクの国境へ追いやってきやがる。このままじゃ、流民と盗賊で領内があふれかえるぞ!」
「想定内だ」
アラン・デュ・ボスクは、最新の欧州地図に視線を落としたまま、冷ややかに答えた。
「戦争が終われば、『傭兵』という商品は暴落する。だが――『治安と安全』という商品の価値は、むしろ跳ね上がる」
「安全……?」
「ああ。商人も領主も、盗賊を恐れて荷も資産も動かせずにいる。なら、俺たちがその『安全』を売ればいい」
アランは不敵に微笑み、羊皮紙に新しい組織図を書き進めた。
「本日をもって、軍事組織としての『黒狼旅団』を解散する」
「な……!? 解散だと!? 俺たちの旅団をか!?」
「驚くな、マルク。名前と形態を変えるだけだ」
アランは羊皮紙を指で突き、力強く言い放った。
「これより我が組織は、全欧州初の『黒狼総合警備・物流保障会社』へ移行する。あふれた元傭兵を『警備員』として正規雇用し、街道の警護、商人の護衛、要人の警護、そして価値ある資産の輸送――警備付きの物流を、一手に引き受ける」
アランの示した新たなビジネスモデルは、瞬く間に欧州全土を驚かせた。
これまで「野良犬」「掠奪者」と恐れられた傭兵たちが、統一された黒い制服をまとい、厳格な規律のもとで「顧客の財産を完璧に守るプロ」として再教育されたのだ。
『黒狼の旗を掲げた馬車隊は、どんな盗賊も絶対に襲わない』
『定額の警護料を払えば、欧州のどこへでも荷物が安全に届く』
保険制度まで備えたアランの輸送網は、商人たちから絶大な信頼を勝ち取った。
旧来の貴族が治める危険な街道は避けられ、欧州中の交易品と金貨が、アランの管理する「バルク安全ルート」へと集中していく。
さらに、流民となった元兵士を大量に雇用したことで、バルク領の失業率はほぼゼロに。治安は全欧州で最も安定し、領内の経済は爆発的な好景気を迎えた。
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だが、アランの独走を面白く思わない者たちがいた。
神聖帝国の保守派貴族たちである。
「おのれ野良犬め……! 皇帝閣下の意を拒んでおきながら、商人どもを囲い込んで一人勝ちしおって!」
「アランの『警備会社』とやらを潰せ! バルク領への物流を遮断し、経済封鎖を命じるのだ!」
旧体制の利権にしがみつく貴族たちは連合を組み、バルク領へ向かう主要街道に次々と関所を設けた。商人には嫌がらせの重税と通行止めを突きつける。アランの経済網を干上がらせ、再び頭を下げさせようという魂胆だった。
「アラン! 貴族どもが関所で、俺たちの警護馬車を止めてやがる! 『傭兵崩れの警備など認めん』だとよ!」
マルクが憤然と報告する。
だが、アランは怒るどころか、優雅に紅茶を口に含んだ。
「武力を使わず、経済封鎖か。貴族にしては知恵を絞ったな。……だが、相手の『弱点』を見抜けていない」
「弱点……?」
「貴族どもの領地財政は、何で成り立っている?」
「そりゃ、農民の年貢と……商人からの通行税か?」
「そうだ。では、その貴族どもの金庫の中身を預かり、運用しているのはどこだ?」
アランは冷酷な笑みを浮かべ、帳簿を叩いた。かつて領内の改革で立ち上げた『金融組合』は、今や欧州中の資産が集まる『バルク中央銀行』へと成長していた。
「俺たちの銀行だ。あいつらは資産の七割を、高金利に目がくらんでバルク銀行に預けている。自分の喉元を俺に預けていることにすら、気づかずにな」
アランは静かに立ち上がり、卓上のペンを執った。
「この銀行には、預け入れ時に全員が署名した規約がある。第七条――『当行の取引相手が、当行および当行の関係組織への経済封鎖に加担した場合、当行は取引を停止できる』。貴族どもは、まさにそれをやった」
アランは書類に署名した。
「規約違反を理由に、貴族どもの口座を凍結しろ。貸付金は即時全額返済を要求。拒むなら、担保権を行使して領地を差し押さえる。……すべて、彼らが自ら署名した契約通りにな」
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数日後。
経済封鎖を企てた貴族たちの館は、大パニックに包まれていた。
「な……何だと!? バルク銀行から預金が引き出せない!? それどころか、我が家の全資産と領地が差し押さえの対象になっただと!?」
「そ、そんな条項が……!? い、一体誰が、あんな細かい字を読むというのだ!」
「ひ、ひいぃっ! 軍資金も召使いの給金も払えん! 破産だ! 我が家は破産だぁーッ!」
剣も槍も一合も交えぬまま、アランの放った金融の刃によって、横暴な貴族たちの財政は一瞬で崩壊した。
半狂乱になった貴族たちは、慌てて関所を撤去し、命からがらアランのもとへ謝罪に駆けつけた。
「ひ、平伏いたします、アラン様! どうか……どうか我が家の口座の凍結をお解きくださいませ!」
足元にひれ伏す大貴族たちを見下ろし、アランは冷ややかに微笑んだ。
「契約を守り、安全な交易を妨げないこと。それができるなら、いつでも商談のお相手をいたしますよ」
武力ではなく、仕組みと契約で世界を動かす。
アラン・デュ・ボスクは、歴史上誰も成し得なかった「新しい時代の覇者」として、その地位を確立したのだった。
(第16話 完)
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