第15話 契約終了の引き際と全欧州の覇者
**第15話 契約終了の引き際と全欧州の覇者**
全欧州を揺るがした大戦争が、ついに終結した。
神聖帝国の首都・帝都は、熱狂と歓喜の渦に包まれていた。
「英雄アラン・デュ・ボスク万歳!」
「黒狼旅団万歳!」
宮殿へと続く大通りにはひしめく市民の歓声が響き、色鮮やかな花びらが降り注ぐ。
四万の大軍を泥沼で粉砕し、帝国を滅亡の危機から救った男。農民出身の一兵卒から身を起こしたアランの名は、今や「全欧州最高峰の戦術家」として歴史に刻まれていた。
豪華絢爛な大玉座の間。
老皇帝は満足げに身を乗り出し、アランに向かって両腕を広げた。
「見事であった、アラン・デュ・ボスク! そなたの功績は、我が帝国の歴史上、類を見ぬものだ! ……約束通り、そなたを『神聖帝国元帥』に任命し、我が妹姫との婚姻、ならびに帝国全軍の永久最高指揮権を授けよう!」
大広間に集まった諸侯から、息を呑む気配と羨望の眼差しが注がれる。
帝国元帥の地位に、皇族との婚姻。それは実質的に、次期皇帝の座すら狙える権力の頂点を意味していた。
誰もが、アランが歓喜して膝をつき、この栄誉を受けるものだと思っていた。
――だが。
「……お断りいたします」
静まり返った大広間に、アランの冷ややかな声が響いた。
「な……何だと……!?」
老皇帝の顔から笑みが消え、諸侯がどよめく。
「正気かアラン!? 帝国元帥の地位も、皇族との婚姻も断るというのか!?」
「皇帝閣下。我が『黒狼旅団』と帝国との契約は、敵連合軍の討伐をもって完了いたしました。契約の履行に伴い、全軍の指揮権を直ちに返還し、自領へ退去いたします」
アランは静かに懐から一枚の羊皮紙を取り出し、皇帝の足元へ差し出した。
「なぜだ……!? 権力の頂点に立てるのだぞ!? なぜ退く!?」
皇帝の詰問に、アランは薄く口元を歪めた。
「権力の頂点とは、最も風当たりが強く、背後から身内に刺されやすい『最悪の射撃標的』です。戦場で死ぬのは御免ですが、宮廷の毒殺や謀略で死ぬのは、もっと御免ですので」
アランは権力の本質を知り尽くしていた。
功績をあげすぎた英雄や将軍が、歴史上どうなってきたか。平和になった途端、その存在を恐れた権力者に粛清される――それが常だ。
権力の頂点に留まることこそ、最も生存率の低い罠である。アランはそれを、冷徹な計算で弾き出していた。
「それに、俺たち傭兵は『縛られないこと』に価値があります。首輪をつけられた元帥など、歯の抜けた狼にすぎません」
「くっ……! どこまで不遜な男だ……!」
皇帝は歯噛みしたが、アランを力ずくで拘束することはできなかった。宮殿の外には、最強の『黒狼旅団』が控えている。しかも、アランはすでに帝国の金融と物流の主導権――バルク領を握っていた。手を出せば、帝国経済が崩壊する。
「……好きにするがよい。ただし、二度と帝国の軍事に口出しはさせんぞ!」
「望むところです。……これにて、契約終了とさせていただきます」
アランは恭しく、しかしどこか嘲笑うように深く一礼すると、一度も振り返ることなく大広間を去っていった。
*
帝都を離れる街道。
馬に揺られるアランの隣に、副官のマルクが馬を並べた。
「おいおいアラン、本当に良かったのか? 帝国元帥だぞ? 一国の主どころか、皇帝にだってなれたかもしれないんだぞ」
「バカ言え」
アランは干し肉をかじりながら、呆れたように首を振った。
「皇帝なんてなってみろ。毎日暗殺におびえて、朝から晩まで退屈な書類仕事と貴族の愚痴聞きだ。そんなものに、俺たちの命を賭ける価値があるか?」
「へへッ、まあお前らしいや。で、これからどうするんだ? バルク領に帰るのか?」
「ああ。これからは『戦争』じゃなく、もっと儲かる『新しいビジネス』を始める」
アランの目は、すでに戦場ではなく、その先にある時代を見据えていた。
「権力者に頼らず、国境にも縛られない。自分の力で自分を守る『新しい都市』を作る。……そこに、全欧州の金と情報が集まる仕組みを作るんだ」
泥の底から這い上がり、軍事の頂点を極め、そして権力の罠を完璧に回避して自由を選んだ男。
アラン・デュ・ボスクと『黒狼旅団』の物語は、国家の縛りを解き放ち、自治都市と警備会社という最終章へと突き進んでいく。
(第15話 完)
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