第13話:補給線を断て
**第13話:補給線を断て**
戦争とは、剣を振るう時間よりも、飯を食う時間の方が遥かに長い。
神聖帝国軍と隣国連合軍が対峙する国境地帯。
アラン・デュ・ボスク率いる帝国軍本隊は、焦土化した地域の手前に巨大な補給陣地を築き、どっしりと腰を据えていた。
「アラン! 後方の第三補給隊が、グラハムの軽騎兵に襲われた! 食料を積んだ馬車三十台が焼き払われたぞ!」
作戦天幕に駆け込んできたマルクが、汗だくの顔で叫ぶ。
「これで今週に入って四度目だ。あいつら、本隊とは一切戦おうとせず、後方の補給部隊だけを狙ってきやがる!」
「当然の手口だ」
アランは静かに、地図上の街道に赤インクで×印を付けた。
「五万の大軍を維持するには、毎日膨大な食料と火薬が要る。グラハムは俺たちが焦土に踏み込まないと見て、狙いを後方の補給線に切り替えたんだ。胃袋を干上がらせれば、戦わずして五万が勝手に瓦解するからな」
「くそっ! 補給部隊の護衛を倍に増やすか!?」
「無駄だ。護衛が増えれば、その分だけ護衛自身の食料が必要になり、補給の効率が落ちる。それに敵は機動力に勝る軽騎兵だ。こちらが固めれば、交戦を避けて別の場所を襲うだけだろう」
アランは冷酷に微笑み、卓上の杯を傾けた。
「グラハムは、俺が補給部隊の防衛に兵力を割き、後方が手薄になるのを待っている。……ならば、その狙いを逆に利用してやろう」
*
数日後。霧が深く立ち込める早朝の渓谷。
グラハム率いる連合軍の精鋭軽騎兵五百騎が、気配を消して潜んでいた。
彼らの視線の先にあるのは、帝国本国からアランの本陣へ向かう「第五補給部隊」の長い隊列だ。
馬車は百台。積まれているのは、膨大な量の小麦粉と干し肉。護衛の歩兵はわずか数十名しかおらず、明らかに手薄だった。
「クックック……アランめ、焦って補給を急いだか」
遠眼鏡を覗くグラハムの口元が吊り上がる。
「全隊、突撃! 馬車を焼き払え! 帝国軍を飢え死にさせてやる!」
号令とともに、五百騎が一斉に襲いかかった。
蹄の音が渓谷に轟き、逃げ惑う護衛や御者たちが追い散らされていく。
「ハハハ! 大収穫だ! 火をつけろ!」
騎兵たちが松明を掲げ、積み上げられた小麦粉の袋や木箱へ次々に投げ込んだ。
――その時だった。
松明が刺さった木箱から上がったのは、香ばしいパンの匂いでも、肉の焦げる臭いでもなかった。
プシューッ!!
強烈な硫黄の臭いと、目も開けられないほどの白煙が、猛烈な勢いで噴き出したのだ。
「な……なんだ!? 箱の中身は小麦粉じゃないのか!?」
視界を奪われ、混乱するグラハムの耳に、渓谷の前後から重い鉄の音が響いた。
ガラガラガラッ!
渓谷の入口と出口に、巨大な鉄格子の仕掛け扉が落とされる。
五百騎の軽騎兵は、完全な袋の鼠となった。
「ようこそ。我が軍特製の煙の味はどうだ?」
崖の上から、冷ややかな声が降ってきた。
見上げれば、黒い胸甲をまとったアラン・デュ・ボスクと、数百名の黒狼旅団のクロスボウ隊が、ずらりと並んでいる。
「あ、アラン……! 貴様、補給部隊を囮にしたのか!?」
グラハムは顔を歪めて叫んだ。
「囮? いいや、これは『偽物の補給部隊』だ」
アランは崖の上から見下ろし、不敵に言い放った。
「お前が補給部隊ばかり狙うことなど、百も承知だ。だから本物の補給線は遠回りの別ルートを通らせ、目立つ主街道には、煙幕を詰めた偽の馬車を走らせた。……お前が食いつくのを待ってな」
「くっ……! おのれ、青二才が!」
「グラハム閣下。お前はプロだが、一つだけ見落としがある。『敵の補給を断つ』ことに集中しすぎて、『自分たちの補給』が見えていなかった」
「……何だと!?」
アランが指し示したのは、グラハムたちの背後。連合軍の補給拠点の方角だった。
遥か彼方の空が、真っ赤な炎と黒煙で染まっている。
「な……あれは、我が軍の兵糧庫……!?」
「お前が精鋭の軽騎兵を引き連れて、ここへ出張っている間にな。手薄になった兵糧庫を、副官マルク率いる別動隊が襲わせてもらった。今頃、お前たちの数か月分の食料は、すべて灰になっているはずだ」
グラハムの顔から、完全に血の気が引いた。
兵糧攻めを仕掛けたつもりが、逆に自分たちの兵糧を、完膚なきまでに焼き払われたのだ。
「戦場において、補給は命だ。……お前の負けだよ、グラハム閣下」
崖の上からの集中射撃と仕掛け罠により、軽騎兵隊は壊滅した。
グラハム本人は数名の部下とともに命からがら脱出したものの、食料をすべて失った連合軍五万は、急速に飢えと恐慌に呑まれていく。
戦わずして敵の兵糧を絶ち、数万の大軍を自滅へと追い込む。
アラン・デュ・ボスクの徹底した損得勘定と物流の掌握は、全欧州屈指の老名将をも、完璧に叩きのめしたのだった。
(第13話 完)
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