第12話:皇帝からの招待状と同業のライバル
**第12話:皇帝からの招待状と同業のライバル**
神聖帝国の首都・帝都。
黄金の装飾が散りばめられた大広間に、全欧州の諸侯や貴族たちが一堂に会していた。
その視線が一心に注がれる先は、玉座の前へ歩み出る一人の青年――アラン・デュ・ボスクである。
「アラン・デュ・ボスク。そなたの常勝無敗の軍功と、バルク領での見事な治世を讃え、本日より帝国全軍の総指揮権を授ける」
老皇帝の言葉に、大広間はどよめきと嫉妬の入り混じった静寂に包まれた。
名門貴族が喉から手が出るほど欲しがる、最高司令官の地位。それを、泥にまみれた元農民の傭兵が手にしたのだ。
だが、アランの顔に誇らしげな笑みはなかった。
(全軍総指揮権……聞こえは良いが、要は前線で全責任を負わされる最悪の貧乏くじだ)
アランは静かに頭を下げ、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「皇帝閣下、光栄の至りにございます。つきましては、我が『黒狼旅団』が全軍の指揮を執るにあたり、こちらの追加契約書に御署名をいただきたく存じます」
「な……!? 御前で何という不敬を!」
居並ぶ貴族たちが一斉に怒号を上げる。アランは構わず、冷ややかに続けた。
「一、全軍の補給権および作戦行動の決定権は、黒狼旅団が独占する。
二、帝国の正規軍は我が指示に絶対服従とし、背く者は戦時軍法に基づき即座に処罰する。
三、戦後に獲得した領地の三割を、黒狼旅団の所有とする。
……以上の条件が呑めぬのであれば、我が旅団はただちに自領へ撤退いたします」
「くっ……! どこまで傲慢な……!」
皇帝は苦虫を噛み潰したような顔をした。
だが、黒狼旅団とその最新火砲がなければ、迫り来る隣国連合軍に勝てないことは明白だった。
「……良いだろう。署名する」
皇帝が重い手で署名し、印を押す。
その瞬間、アランは帝国の軍権を、実質的に掌握したのだった。
*
だが、今回の敵は、これまでの「頭の固い大貴族」とは訳が違った。
隣国連合軍・五万の大軍を率いる総指揮官。
その男の名は、ジョン・グラハム。
「グラハム……聞いたことがある。長き戦乱を生き延び、『白い死神』と恐れられたあの老傭兵か?」
本陣の作戦天幕で、地図を覗き込んだマルクが顔を曇らせた。
「ああ」
アランは指で、地図上の主要な街道を叩いた。
「グラハムも俺と同じだ。身分も血統もなく、ただ純粋な合理性と戦術だけで戦場を生き抜いてきた叩き上げのプロだ。貴族のように誇りや名誉にとらわれず、勝つためならどんな汚い手でも平気で使う」
グラハム率いる連合軍は、進軍路の村々をあえて焼き払い、井戸を埋め立てながら、ゆっくりと後退していた。
領民すら見捨てる、徹底した焦土作戦だ。
「狙いは、我が軍の補給線を限界まで引き伸ばすことだ。補給が途絶えて飢えたところを包囲し、殲滅する。……プロの考える手口だよ」
「おいおい……じゃあ、下手に追いかけたらグラハムの罠にはまるってことか!?」
「その通りだ。並の将軍なら『敵が逃げた』と喜んで全速力で追撃し、補給線が切れたところを叩かれて全滅する。……だが、俺たちがそんな初歩的な罠にかかるわけがないだろう」
*
数日後。連合軍の本陣。
「……何? 帝国軍が進軍を停止しただと?」
白髪に鋭い眼光の老将、ジョン・グラハムは、斥候の報告を聞いて片眉を跳ね上げた。
「はい、閣下。敵の総指揮官アラン・デュ・ボスクは、焦土化した地域の手前五里で全軍を止め、頑強な『補給要塞』の建設を始めたようです!」
「……クックック、ハハハハハ!」
グラハムは低く、楽しげに笑い出した。
「さすがは『黒狼』と呼ばれる青二才よ! 我が焦土作戦の狙いを一瞬で見抜き、誘いには一切乗らず、自ら物流の拠点を築いて長期戦に持ち込む気か!」
これまでの相手は、煽ればすぐに乗ってくる愚かな貴族ばかりだった。
だが今度の相手は、自分と同じ「完璧な計算で動くプロ」だ。
「実に面白い。戦場を盤面として捉える者が、もう一人いたとはな」
グラハムは立ち上がり、黒い大剣を床に突き立てて、冷酷な笑みを浮かべた。
「良いだろう、アラン・デュ・ボスク。お前が補給網を完璧に築くのが先か、俺がお前の補給線を断ち切って喉元を食いちぎるのが先か……。『同業者同士の、生き残りをかけた商売』を始めようじゃないか」
全欧州の命運を賭けた大戦争は、血統も誇りも一切排した、二人の怪物傭兵隊長による「冷徹な知恵比べ」へと突入したのだった。
(第12話 完)
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