第6話 尊敬しているが信用はない
「いつ、誰が、彼女を連れて行って良いと許可しました?」
足を止めた私達の目の前に、立ちはだかるようにリオネルが立った。
「……自分の娘を連れて行くのに何故、貴方の許可が必要か?」
「おかしいですねぇ。事の経緯をお伝えする際、彼女との交際も合わせてお伝えしたはずですが?」
「ええ、確かに訊きました。例の愚息に婚約を破棄させる代わりに、身を捧げろと脅したらしいですね」
顔を見なくとも怒っているのが声に現れている。
「それは、随分と語弊がありますねぇ。最初に自分を貰ってくれと言い出したのは貴方の娘さんですよ?」
「は?」
おっと?これは雲行きが危うい感じがする……
「公衆の面前で恥じらいもなく大声で、誰でもいいから私を──」
「わぁぁぁぁぁ!!!!」
すべて言い切る前にリオネルの口を両手で塞いで止めた。
今思えば、あの時の私はどうかしていた。……なんて言い訳が通用するはずがない。
背後から「ツェスカ」と名を呼ばれたが、振り返る勇気は無い。ダラダラと嫌な汗が額を伝う。
「……事情は何となく理解しました……」
恐ろしいほど冷静な声に、ビクッと肩が跳ね上がる。
「娘には帰ってからじっくり話を訊きます」
父の鋭い視線が突き刺さる。この後の事を考えると、全身の血が抜けたように冷たくなってくる。
「……貴方の事は、伯爵当主としては尊敬しております」
「おや、嬉しいですね」
目を伏せ、落ち着いた口調で話し始めた。
「──ですが、父としては信用なりません。男としては軽蔑すらします」
穏やかな雰囲気は一変、ピリついた空気が肌にまとわりついてくる。
「ふふっ、やはり親子ですね。私に敵意丸出しの眼をむけ、蔑む言葉をかけるなんて」
「何とでも仰って下さい。娘を護るためなら、王太子であろうと国王だろうと関係ありませんよ」
険しい顔で睨みつける父だが、リオネルは余裕の表情を浮かべている。
険悪な雰囲気が続くが、ここで私が口を挟んだら火に油を注ぐ事になるだけ。火傷はしたくないので、黙って大人しくしているのが一番。
「真面目な話…」
リオネルが神妙な面持ちで口を開いた。
「今のオズワルドは、ツェスカを手に入れる事しか頭にありません。その為ならば手を汚してでも奪いに来るでしょう」
ふざけた様子はなく、父の姿を真っ直ぐにその琥珀色の瞳に映していた。これには流石の父も口を閉じてしまった。
「もはや彼には後ろ盾になるような者はおりません。全てを失った者は、何人にも囚われない自由を手に入れ強者となるんですよ」
諭すようにゆっくりとした口調で伝えてくる。
「城には騎士団もおりますし、警備と護衛に関しては、伯爵邸より安全かつ隙がないと言えましょう」
「……」
「貴方の言うツェスカの事を考えるのならば、どちらが適切か……頭の良い貴方なら分かりますよね?」
「反論は許さない」と言った感じに、目を細めて父を睨みつけている。
反論が出来ないほどの正論で言い伏せられた感は否めず、父は苛立ちを抑えるように小さく息を吐いた。
「まったく…本当に食えない人だ」
「おや、愚直だと思いますが?」
その言葉に、今度は呆れたように深く息を吐いた。
「ツェスカ」
「ッはい!」
ようやく名を呼ばれたが、唐突すぎて声が上擦ってしまった。
「正直、今すぐ連れて帰りたいが、殿下の言うことも一理ある。お前はどうしたい?」
いつになく真剣な面持ちの父に問いかけられた。
「私は──……」
***
「意外だったな」
テオドラが私の顔を見るなり、開口一番に言った言葉。まあ、何が?とは聞かなくて分かる。
「てっきり家に帰るかと思ってたぞ?」
私が下した決断は、『城に残る』だった。
「私だって帰ろうと思いましたよ?でも……」
「絆されたか?」
「……少し違いますが、そんな感じです」
あの時、リオネルは淡々とした態度で父を言い負かせたが、何故だか私には不安を隠すように強がっているだけに見えた。
別に、私の気にするとこではないし、杞憂だと言われればそれまでだが、このまま帰るのは後味が悪いと感じてしまった。
「……分かった。お前がそう言うのなら……」
父は納得はしていない様だったが、私の意向を聞いてくれた。
まあ、すぐにいつもの調子に戻り「パパは寂しい~~!!」と泣きつかれた。とても今まで王太子に牙を向けていた人物とは思えない。
「いいかい。もし、手を出されそうになったら殺してでもいいから逃げなさい。遺体の処理ぐらい、いくらでもしてあげるから」
言い聞かせるように真剣な眼で詰め寄られた。王太子を手に掛けろと言う親も珍しい。
「本人を目の前に随分と物騒な話をしてますね」
「それだけ信用がないんですよ。万が一にも、娘に何かあれば私が手を下します」
父が突き刺すような眼光でリオネルに忠告すれば「肝に銘じておきます」と、しおらしく言っていた。
「嬢ちゃんの父親も中々面白い人だったな。まさに、この親にしてこの子ありだな」
どうやら父はテオドラの所へも行き、一言物申してから城を後にしたらしかった。
「まさか『あの種馬の手綱をちゃんと握っていろ』なんて言われるとは思わなかったな」
大口を開けて笑っているが、こちらは気が気じゃない。王太子を侮辱する言葉を団長に面と向かって言い放つ所業……本来なら不敬罪でしょっぴかれてもおかしくない。
「本当に父がすみません」と頭を下げる事しか出来ない。
「それだけ心配しているって事だろ?俺もリオネルも気にしちゃいないさ」
いや、殿下は気にしろ?
「まあ、嬢ちゃんは今での女と違うからな。嬢ちゃんに限っては、手を触ることすら難しいだろうな」
「……私はバイ菌か?」
「あははは!違う違う。それだけ緊張してる事だ」
「?」
リオネルが女性に対して緊張する事なんてある?緊張という名の拒絶か?それならそれで好都合だけど……




