第7話 色気より食い気
再び城での生活が始まったある日……
「ツェスカ様!朗報です!」
バンッ!と勢いよく扉が開き、飛び込んで来たのは侍女のウェンディ。小柄だがパワフルで、見ているこちらまで元気になる。多少元気過ぎるところもあるが、元気がないより余っ程いい。
「どうしたの?」
「なんと!今夜、月夜祭が開催されるようです!」
「もうそんな時期か」
興奮ぎみに話す月夜祭とは、年に一度行われる祭り。月が一番綺麗に見れる日を選ぶので、暑さが和らいだこの時期に満月を待って開催される。
『月夜』に『祭り』なんてフレーズ、恋を望む男女が黙っちゃいない訳で……
『月の光の下で告白すると永遠に結ばれる』とか『池に映った月に願いを唱えると叶う』だとか、様々なジンクスがあるが、どれも信憑性の無いものばかり。
「ツェスカ様も殿下とご一緒するんですよね!?」
「え?なんで?行かないけど?」
「えぇ!?」
驚く意味がわからない。祭りには興味あるが、それは男女の仲を深める為ではなく、私のお腹を満たすため。
そもそも、あの人は祭りとか興味無さそうだし、一緒に行って変な噂が立つ方が困る。
「ウェンディ。貴方、私をあのすけこましと一緒にさせたいの?」
「いや、それを聞かれちゃうと答えに困るって言うか……」
「でしょう?」
リオネルの女癖の悪さは使用人達も当然耳にしている。狡い聞き方だとは思ったが、納得させるにはこれが一番効果的。
「でも……年に一度の祭りですよ?」
恐る恐る聞き返してくる。
「そうよねぇ」
そう言われると、行かないのは損な気がする。リオネルとは行きたくないが、一人で行くには寂しすぎる。
「……ウェンディは一緒に行く相手いるの?」
「私ですか!?そ、そんな相手いませんよ!」
少し考えてからウェンディに訊ねると、顔を赤らめて慌てて否定してくる。その必死な顔が可愛くて思わず笑顔になる。
「そう。なら一緒に行かない?」
「え!?」
別に男女で行かなきゃいけないなんてルールはない。侍女と令嬢も然りなのだが、ウェンディは嬉しさ半分戸惑い半分といった表情で固まっていた。
「それはいいですね。行きましょうか?」
ウェンディの答えを待っていたはずなのに、違う方向から声がかかった。振り返らなくても、この声の正体は分かってる。
「……殿下……」
苦虫を潰した様な顔で振り返りながらリオネルを見た。
「ちょうど今、誘いに来たところなんですよ。まさか貴女から誘っていただけるなんて光栄です」
「私は殿下ではなく、ウェンディを誘ったんです。自惚れるのも大概にしてもらえます?」
「おや、ではウェンディの返答を聞きましょうか?」
リオネルが体を向けると、ウェンディは分かり易く肩をビクッと振るわさせた。
「あ、あの……えっと……」
言葉を詰まらせ、私の方に目配せしてくる。その視線を遮るように、リオネルが立ちはだかる。
「ッ!わ、私の事はお構いなく!お、お二人で行って来て下さい!」
リオネルの圧には勝てず、口早に言い切ると、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
「残念。フラれてしまいましたね」
「……」
勝ち誇った顔で慰められても癪に障るだけ。
(誰のせいだと思ってんだ……)
そもそもの話、使用人が王太子相手に言い返す事なんてできるはずがない。この人が「白」と言えばどんな色でも白になるんだから。
「それじゃあ、夕刻、お迎えに上がります」
「あの、ちょ、私まだ行くって言って──」
リオネルは私の言葉に耳を貸さず、その場を後にして行った。
***
日が暮れ、辺りが薄暗くなってきた頃、リオネルがやって来た。行く気はなかったが、ウェンディにせっつかれやって来てしまった。
いざ来てしまえば、昼間とは違う賑わいを見せる街の光景に強張っていた顔も緩んでしまう。
「ふふっ、ようやく表情が柔らくなりましたね」
「……」
「さあ、行きましょう。食べたいものはありますか?」
手を差し出されたが、その手を取ることはせず、横をすり抜けながら「驕ってくれるんでしょう?」と一言呟いた。
「もちろん」と返事を返しながら並ぶようにして付いてきた。
祭りに来たからには楽しまなきゃ損。いつもなら財布の中身を気にしながらだが、今日に限ってはその心配はない。こうなったら、好きな物を好きなだけ食べてやろうと決めた。
「おやまあ、随分買い込みましたね」
ベンチに座り、屋台飯に舌鼓しているところへ、リオネルが両腕に袋を抱えてやって来た。
「あふがえへんか」
「何を言っているかまったく分かりませんねぇ」
口をモゴモゴさせながら言うが、言葉とは程遠かった。口に物を入れたまま喋るなんて行儀が悪いが、リオネルは非難も注意もしなかった。
笑顔で隣に腰をおろし、私が食べる姿をジッと見てくる。
「……なんですか?」
「君は本当にありのままの姿を見せてくれますね」
そんな、しみじみした声で言うセリフじゃない。
「飾らず、気取らず、常に自然体。そんな女性は初めてで、見ていてとても楽しい」
「私は鑑賞動物じゃありません」
ジロっと睨みつけると「フッ」と穏やかに微笑み、口端に付いた汚れを手で拭い取ってくれた。
「貴女と一緒だと王太子ではなく、ただのリオネルとしていられるんです」
「……」
「付き合った女性達は皆、私の外見と王太子と言う肩書きばかりを見てくる。私に気に入られようと、着飾っては機嫌を取る言葉ばかりを掛けてくる。別にそれで構わないと思っていたんですけどね……」
自嘲しながら言っているが、その表情は重荷を背負わされた子供のように歪んでいる。
私は器用な人間じゃないから、こんな時、声の掛け方が分からない。まあ、この人ならどんな言葉をかけても笑って返して来るんだろうけど。
(あ~ぁ、味が分かんないや)
遠い目をしながら、モゴモゴと口を動かしていた。
「ツェ──」とリオネルが口を開きかけた時
「殿下じゃないですか」
「あれ?本当だ」
「まあ」
三人の女性が足を止め、こちらを見ていた。




