第5話 初めましてお義父さん
目が眩むほど、豪華な調度品や装飾品が置かれた部屋……その部屋の真ん中にあるこれまた高そうなソファーに座らされた私は完全に場違い。
(なぜ、私はここにいるのだろう…)
問いかけずにはいられなかった。
リオネルに連れられてやってきた先は、リオネルの家……=城ってな訳で……
「お父上には、身の安全の為に私が保護する有無はお伝えしてあります。ご自分の家だと思って寛ろいでください」
そう言って部屋を後にして行ったが……
「いや、無理だろ」
即座にツッコミを入れた。
何なんだこの部屋は!客間にしたって豪華すぎる。座り慣れないフカフカのソファーにお尻がムズムズするし、煌びやかな空間は目が眩しい。どう考えても落ち着かない。
「お、本当にいた」
ひょこと顔を出したのは、先日リオネルと共に屋敷にやって来た団長のテオドラ。
「なんだぁ?顰めた面して。可愛い顔が台無しだぞ?」
茶化すようにホレホレと頬を指で突ついてくる。
「残念ながら、生まれつきこの顔です」
手で払い除けながら不機嫌顔を見せるが、テオドラは気にせず目の前のソファーに腰をかけた。
「嬢ちゃんの気持ちも分かるが、少しの間だけ辛抱してやってくれ」
両手を膝に置き、深々と頭を下げられた。手のかかる主を持つと部下が苦労するんだよなぁと若干憐れみつつ、小さく息を吐いた。
「分かってますよ。──……ですが、訳も分からず連れてこられ、こんな豪華絢爛な部屋に放り込まれた挙句に放置プレイ。頭よりも気持ちが追い付いてなくて、居心地が最悪なんですよ」
文句の一つぐらい言ってもバチは当たらないだろ。
「まだ馬小屋に押し込まれた方が良かったです」
それはそれで問題がありそうだが、テオドラは「あははは!」と声を上げて笑った。
「そいつはすまなかった。あぁ見えて、城へ女を連れ込んだのは嬢ちゃんが初めてなんでな。勝手が分からないんだろう」
「……それは意外ですね」
てっきり常習犯かと…なんなら、そういう目的だけの部屋があるものだと思ってた。
「城には、女を連れてくると五月蝿い連中がいるからな。煩わしい問題を持ち込みたくないんだとよ」
「は?私は?」
「な、俺も驚き」
女性部類じゃないんか?と食い気味で聞き返したら、他人事のような答えが返って来た。ま、この人からしたら他人事なんだろうけど。
「それだけ嬢ちゃんの事を一番に考えてるって事だ。ここに来たのも元婚約者から身を隠す為なんだろ?」
「……不本意ながら……」
「こんな強引に連れ込むなんて、今までのアイツからは考えられない行動だ」
子供の成長を喜ぶ親のような顔で言われても、私としては義理を果たしているだけであって、特別な感情は一切ない。ましてや、幾多の女性と現を抜かして来た御仁だ。本気にする方が馬鹿だろ。
「嬢ちゃんなら……」
何か言いかけたが、よく聞き取れなかった。
***
城へ来て数日。恐ろしいもので、豪華な部屋も3日すれば慣れてしまった。今や、高価なソファーで菓子を食べながら大口を開けて笑えるようになったし、靴を履いたまま真新しい真っ白なシーツの敷かれたベッドに寝ころべてしまう。
だが、日を追うにつれて、いつ私は屋敷に戻れるのか……そんな思いが強くなってきた。
ここの生活に不満はない。慣れてしまえば、むしろ居心地最高。一流の料理人の作る料理は美味しいし、部屋仕えの侍女たちも人当たりが良く、突然現れた私にも良くしてくれる。
リオネルも忙しい合間を縫ってはやって来て、他愛のない話をしながらお茶を飲み、また仕事に戻る。そんな平穏で穏やかな日常。不満だと言ったら罰が当たる。
……だからこそ、この生活に慣れてしまうのが怖い。リオネルも一線を引いている感じがするし、戻るなら早い方がいい。
大きな窓から外を眺めながら物思いにふけっていふと、遠くからバタバタと勢いよくこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
バンッ!
「ツェスカ~~!!」
「お父様!?」
勢いよく扉が開き飛び込んできたのは、しばらく留守にしていた父だった。
「パパだよ~!」
「ちょッ!痛い痛い!」
顔を見るなり力一杯に抱き締め、頬擦りまでしてくる。髭のせいで肌が削られたように赤くなり、ヒリヒリ痛む。
「すまんすまん!あまりに嬉しくてつい」
頬を掻きながら、照れくさそうに言ってくる。
嬉しいのは分かるが、過剰な愛情表現はいい加減控えてもらいたい。
呆れはするが、父の顔を見てホッとしたのは私も同じなので何も言えない。
「ツェスカ。大変な時に居てやれなくてすまなかったね」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、労うように優しく頭を撫でてくれる。
「もう大丈夫。後のことはパパに任せなさい」
その一言がどんなに心強いか……やっぱり、父という存在は偉大なんだと思い知る。
「親子水入らずの所、失礼しますよ」
コンコンと軽く扉を叩き、注意を引いてきたのはリオネル。父が黙ってその姿を見つめていると、リオネルが一歩前へ出た。
「初めまして、お義父さん。……それともパパと、お呼びした方が?」
悠然と放った言葉に、父の眉がピクッと反応した。
「……殿下、寝言は寝てから言ってください」
「おや、寝言を言っているように見えますか?」
「……」
張り詰めた空気に重々しい雰囲気。まるで虎と蛇の睨み合い。とても私が口を挟める状況じゃない。
父は私を背に庇いながら、深く重い息を吐いた。
「娘を匿って頂いたことは感謝します。ですが、貴方に父と呼ばれる謂れはありませんよ」
鋭く光る眼光を向けながら言い放つが、リオネルは口元に弧を描きながら黙って見ている。
こんな時、黙られると逆に不気味で、恐怖すら感じる。
「ツェスカは連れて帰ります。此度の礼は改めてさせていただきます」
「さあ、行くよ」と父に手を取られ、流されるように足が部屋の外へと進んでいく。そのまま扉の前で顔を俯かせているリオネルの横を通り過ぎようとした。
その瞬間──
「駄目ですよ」
低く押し込もった不機嫌な声色に、父も私も足を止めた。




