第10話 偉そうにしてる奴ほど大した事ない
この日は、城の奥にある書庫へ本を返しに行こうと鼻歌混じりに廊下を歩いていた。正直、注意が散漫していた自覚はある。だから、角から飛び出してきた人に気付くのが遅れた。
「あ!」
ドンッと勢いよくぶつかり、思い切り尻もちをついてしまった。
「いたたた……」
床には借りた本が散らばっている。打ち付けた尻を擦りながら落ちた本に手を伸ばそうとしたが「なんだ?」と冷たい声が頭上から聞こえ、手が止まった。
見上げると、二人の文官らしき男がこちらを見下していた。
「見たことない顔だな」
「この娘はアレですよ」
「ああ……」
一人が耳打ちするように言うと、明らかに表情が変わった。チラッと散らばる本に目をやると、鼻で笑うように「はっ」と息を吐いた。
「まったく、殿下に気に入られたからっていい身分だな」
口端を弓なりに曲げて、偉そうに口にしてくる。
(なんだコイツ……)
私の存在が気に入らない奴がいるのは知っている。その大体が、この国の重鎮たち。
まあ、それは仕方ない事だと思ってる。だって、どこの馬の骨か分からない女を城に置いているんですもの。
だけど、本当に大物は私なんかに話しかけても来ない。蔑視しながら睨みつけて去って行くだけ。出来る男は不要な争いはしない。仮にも王太子のお気に入りと言う盾があるからね。
そんな訳で、この目の前で偉そうに喋っているのは下っ端の奴に違いない。
「いいよなぁ、女はちょっと抱かれりゃ城で生活できるんだろ?俺なんてここまで来るのにどれだけ苦労したと思ってんだよ」
鼻で笑い、嘲ながら言ってくる。文官だからって、言っていい事と悪いことがある。
「だが、残念だったな。殿下はもうすぐ殿下じゃなくなる。そうなったら、お前はお役御免だぞ?」
「は?」
「なんだ知らないのか?まあ、言えないよな」
含みのある言葉で言う。
何か隠している事は知っていたが……殿下じゃなくなる?どういう事?国王夫妻にはリオネルしかいなかったはず……
頭の整理がつかず黙っていると、目の前の男はジッと私の姿を見てニヤッと口元を吊り上げた。
「そうだな。殿下の使い古しってのは気に入らんが、俺がお前を貰ってやってもいいぞ?」
「は?」
「ここでの生活を続けたいだろう?なら、俺に媚びろ。何をすればいいかぐらいは分かるだろ?」
「……」
舐めるような目で見られ、ゾワッと鳥肌が立つ。
なんで、コイツはこんなにも得意気なのか分からない。こういう奴は謎の自信を持っているから質が悪い。
(面倒な奴に捕まったな)
はぁ…と小さく息を吐くと、ゆっくり立ち上がった。男はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべてる。
「悪いけど、アンタに貰われるほど安くないの。下っ端文官がイキったぐらいじゃ靡かないわよ」
「んなッ!」
「あら、図星だった?」
「お前ッ!言わせておけば……!」
クスッと嘲笑ってやると、分かり易く顔を赤らめた。
「いいのか?このままだとお前は城を追い出されることになるんだぞ!」
「あら、それは好都合。中々出て行くきっかけがなくて困ってたの」
「──ッ!」
そんなの、脅しにもならない。確かに、城での生活は確かに快適だけど、別にそこに固辞している訳じゃない。
それを知らない男は信じられないと言った顔をしている。
「強がるなよ。お前は殿下の肩書に釣られてきたんだろ?それもなくなるんだぞ?」
顔を引き攣らせながら往生際悪く、責め立ててくる。断られたのが余っ程癪に触ったのだろう。これだからプライドだけで生きてる奴は……
「……ねぇ。肩書ってそんなに大事なの?」
「なに?」
「だって、みんな同じ人間でしょう?肩書なんておまけみたいなものじゃない。付いてたらラッキーぐらいじゃない?殿下の場合、好きで王太子になった訳じゃないし。むしろ、その肩書きが無くなった方がいいって場合もあるでしょ」
まあ、私感だけど。
「少なくとも、アンタみたいに親切を装ってんのに下心丸出しの男より、殿下の方がよっぽど好感が持てるわ」
「はぁ!?」
「まあ、身分や肩書ばかり気にして生きてるアンタには一生分からないでしょうけど」
鼻で笑ってやると、ギリッと歯を食いしばり物凄い表情で睨みつけてくる。
「じゃ、そういう事なんで」
これ以上煽るのは危険だと考え、その場から退こうと踵を返したが「待てよ!」と手が伸びてきた。咄嗟に顔の前に腕を出したことで、しっかり腕を掴まれてしまった。
「舐めやがって……!俺が躾け直してやる!」
「躾が出来ていない男に躾けられる覚えはないけど?」
「コイツ!」
男が手を大きく振りかぶるのが見えた。
(殴られる!)
目をギュッと瞑り身を屈めた。
だが、すぐに「はいはい。そこまでね」という軽快な声と「痛ッ!」という声が耳に聞こえた。
ゆっくり目を開けると、一番最初に飛び込んできたのは、男を取り押さえているテオドラの姿。
「団長様!?」
「やあ、嬢ちゃん。怪我はないか?」
「え、ええ……」
テオドラに羽交い絞めにされている男は、この期に及んで自己保身の為に私が誘って来ただの、俺は悪くないだの騒ぎ立てている。因みにもう一人の男は、顔面蒼白になりながら震えていた。
「おい。こいつらは連れて行くぞ」
振り返った先にいたのは、リオネルだった。
「ええ。お願いします。……二度と私の目に付かないように」
「あ~ぁ、お前ら諦めろ。相手が悪かった」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
テオドラに連れて行かれる男達の悲鳴に似た叫びが響き渡る。きっとあの人らの顔を見ることはないだろう。
「殿下、ありがとうござ──ッ!?」
お礼を言おうと顔を向けると、フワッといい香りが鼻に匂った。視界には大きな胸板。そして、全身を包み込むように、大きな腕が回されている。
抱き締められている。と頭が理解するまでに数秒かかった。
「ちょ、殿下!?」
父以外に男性に抱きしめられた事なんてない私は軽くパニック。手を振りほどこうと暴れるが、思った以上に力が強く離れない。
「……すみません。少しだけでいいんです……このままでいさせてください……」
耳元で呟かれた言葉はとても弱々しく消え入りそうで、私は気付かれないように小さく息を吐いた。
「……少しだけですよ……」
振りほどこうとしていた手をリオネルの腕に添えるようにして声をかけた。
リオネルの体温と心臓の音を感じながら、自分の心臓の音が大きくなるのを気のせいだと言い聞かせ、時間が経つのをジッと待った。




