第9話 月に酔っただけです
「ツェスカ様、月夜祭はどうでした?」
祭りから帰るなり、目を輝かせたウェンディに捕まった。
「どうもこうも、あなた達の主が考えもなしに遊びまくるからえらい目にあったわよ」
ソファーにもたれながら文句を口にした。どうゆう事か訊ねられたので、無礼な三人の女について話して聞かせた。
話していくうちにウェンディの顔は険しくなり、言い終える頃には怒りに満ちた表情に変わっていた。
「その令嬢達は何ですか!殿下も殿下です!」
「ホントよ。見る目無さすぎで笑えないわよねぇ?」
なんて、鼻息荒くしているウェンディと二人でリオネルをディスっていると
「その件に関しましては、返す言葉もありません」
「殿下!?」
ウェンディが慌てて頭を下げるが、リオネルは気にせず、ゆっくりと部屋へ入ってきた。
「先程はすみません。私のせいで嫌な思いをさせてしまったので、罪滅ぼしとまでは言いませんが、どうです?ご一緒に」
ものが良さそうなワインを手に誘ってくる。もう一方の手にはしっかりグラスが2個握られている。
(もう二人で飲む気じゃん……)
面倒な言い回しなんて辞めて、素直に「一緒に飲みたい」って言えばいいのに。
面倒な人だと思いつつも、滅多に飲めない高価な酒に、心は僅かばり弾んでいる。
「ウェンディ、何かつまめるもの用意してくれる?」
「はいっ!」
私がお願いすると、一目散に厨房目掛けて走っていった。
「貴女の周りは賑やかで良いですね」
「聞こえは良いですが、貴方が言うと嫌味に聞こえますよ?」
「それは失礼。称えたつもりでしたが……」
グラスにワインが注がれる。ルビーのように綺麗な赤色に目が惹かれ、芳醇な香りに鼻が喜ぶ。口に含めば、渋みも少なく飲みやすい。果実味が口内に広がり、口の中が幸せで溢れてる。
「お気に召して貰えたようで良かった」
凄い……普通にワインを飲んでいるだけなのに、こんなに絵になる人がいるのか?ってぐらい片手にワインが似合ってる。
「……殿下はワインに詳しいんですか?」
「人並み程度に知っているだけですよ」
「……」
謙遜しているのかしていないのか……掴みどころが分からない。
「ふふっ」
何かを思い出したようにリオネルが吹き出した。意味も分からず吹き出されると不快でしかない。
「なんです?」と眉間に皺を寄せて聞き返した。
「あぁ、すみません。先程の貴女の姿を思い出してしまって。とても勇敢でしたから」
「あの程度は勇敢とは言いませんよ。私の威厳を守っただけですし、本当の事しか言ってません」
「ふふっ、普通の令嬢は言い返す事すら難しいんですよ。護るつもりが護られてしまいました」
それは違う。どちらかといえば、私が護られた方。リオネルがいたからこそ、あの三人に言い返すことができた。負け戦はするだけ損だもの。
「……本音を言えば、もう少し貴女と祭りを楽しみかった」
しんみりとした顔……らしくもない。
「月夜祭のジンクスをご存知ですか?」
「えぇ。なんか色々あって覚えきれてませんけど」
「その中の一つに『夜露に咲いた花を月に照らすと幸せが訪れる』というものがあるんです」
それは知らない。
「貴女と一緒に観たいと思ったんです」
「え?」
「今まで女性を蔑ろにしてきた私が、幸せを願う資格なんてないのですが、貴女はその資格がある」
月明かりを背に、真剣な表情で言われたら不覚にもドキッとしてしまった。
「……私には時間がありませんから、少しでも貴女との時間を大切にしたいんです」
弱々しく笑うリオネルが、今にも消えてしまいそうで思わず声をかけた。
「別に、来年も一緒に行けばいいんじゃないんですか?」
「え」
「私との関係は三ヶ月と決まってますけど、知り合った仲を断ち切るような事はしませんよ」
私から『来年も』なんて言葉が出てくるとは思いもしなかったリオネルは、目を見開いて驚いていた。私とて、なんで自分から誘うような言葉を掛けたのか不思議で仕方ない。きっと、このキレイな月に酔わされただけ……そうに違いない。
「そう、ですね。来年……また一緒に行きましょう」
嬉しそうなのに嬉しそうじゃない。寂しげで辛そうに笑ってる。
時折見せる寂しげな表情が気にならない訳じゃない。何故そんな顔をするのか理由は分からない。私との期間を気にしているのか、それとも別のなにか……
「あぁ…月が綺麗ですね」
満天の星が輝く空を眺めながらリオネルが呟いた。その瞳には、金色に光る満月が映っている。琥珀色の瞳に映る月は、とても綺麗で「えぇ、そうですね」と空の満月ではなく、リオネルの瞳に映った満月に向かって応えていた。




