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第15話『ヴィオラセラ家の衰退』

「そうして、徐々に両家の仲は険悪になっていきました。

 しかし、紛争を起こしたいわけではないヴィオラセラ家は、侍女をローレンス家に差し出しました。

 そうやって両家の友好関係を保とうとしたのです。

 それがあなたの母、ビジュド・ファミーユなのです」

「その話は知っています。両家にとってそれは政略結婚であったと。

 そして、母はラッカセイ伯爵との婚姻から約9ヶ月後に私を産んだのだと」


 それは早産だったが、幸いなことに私は低出生体重児ではなかったらしい。

 元気な産声を上げてくれて安心したと、母は語っていたらしい。

 "らしい"というのは、私が直接それを母から聞くことはなかったからだ。


 ――母は、私が5歳になる前に、病気で死んだ。

 元々病弱ではあったが、ローレンス家に嫁いでからのストレスで、症状が悪化してしまったようだ。

 私はそのことで父を恨んだこともある。だが、あくまで病気のせいだ。

 恨み言など言っても仕方のないことだった。


「そして、あなたの母の死から約2年後のある日のことです。

 国王様は突然、ラッカセイ子爵かアントワーヌ子爵のどちらかに伯爵の職位を授けると言い出したのです」

 そこにどのような思惑があったのかは、はっきりとは分からない。

 国王は夢見のお告げと称して、時折側近にも理解できない政策を行うことがあるのだという。


 だが、少なくともローレンス家とヴィオラセラ家は、もはや雌雄を決さねばならぬところまで決定的に対立していた。

 しかも互いに伯爵位の授与を譲るつもりはないようだった。


 アントワーヌ子爵とクロエの夫妻は、自分たちこそが伯爵家にふさわしいと国王に直談判するため、このジモッティを一時離れることにした。

 そのとき、幼いペチュは両親から離れたくないと泣いたため、その旅に同行していたようだ。

「そして、その旅の途中で彼らは野盗に襲われた……?」

「その通りです。旅の行商人が、人通りの少ない街道で夫妻が倒れているのを発見したそうです。

 その後、自警団が近くの林を捜索したところ、ペチュニアさんが幼い身体を震わせているのが発見されたのです」

 ……おそらくペチュは、両親に必死に庇われたのだろう。

 そして野盗から身を隠すために林に逃げ込んだ……。


「しかし、その事件にローレンス家が関わっていたなんて……」

「野盗たちも初めは、単なる物取りの犯行だと主張していました。

 しかし、自警団が調査したところ、彼らは何者かに金銭の援助を受けていることが分かったのです。

 そして尋問したところ、彼らはそれをローレンス家から受け取ったものだと証言し――」


「そんなの信じられない!」


 私はつい激昂してしまった。学園長は私の質問に答えてくれただけなのに。

 私が怒りをぶつけるべき相手は学園長ではない。……いや、誰かに怒りをぶつけることが正しいのかも分からない。

 だけど、学園長は穏やかな表情のまま言ってくれた。

「私も信じられません。野盗たちには激しい尋問が行われたそうです。

 その結果、彼らはよく知る貴族の名前を吐いただけということも――」


 そして、アントワーヌ子爵とクロエの夫妻の死により、伯爵位はラッカセイ子爵に与えられることに決まったらしい。

 一方で当主とその妻を失ったヴィオラセラ家は、幼いペチュだけを残して衰退していったのだ……。


「待ってください。"野盗たち"というのは、野盗は複数人いたということですよね?

 彼らがそれぞれ別室で尋問を受けたとして、その全員がローレンス家を名指ししたのだとすれば、疑う余地はないのではないですか?」

「そ、そこまでは分かりません……。尋問がどのように行われたのかは……。

 それに事前に話し合って、尋問を受けたらローレンス家の名を口にするよう取り決めていたのかもしれませんし……」

「………………」


 本当にそうだろうか。学園長の反論も筋が通らないわけではないが、受け入れ難い。

 先程は「信じられない」なんて言ってしまったけれど、きっと何か証拠、――とまで言わなくても、確信が得られる何かがあったのだ。

 だからペチュもジャンも、シロサギさんも、ローレンス家が関わっていた可能性を疑っていないのだ。

 そして、きっとそれは真実なのだ……。


「ありがとうございます、学園長。

 おかげで私は、自分が何をなすべきなのか分かったかもしれません」

「それは何よりです。しかし、何かお困りごとがあれば、すぐにおっしゃってくださいね」


 そして、本日の魔導の研究が始まった。

 私の魔力の源はどこにあるのかとか、魔導生物を生み出すメカニズムとか、講義とはまた違った角度からの研究はためになった。

 一方で、学園長は終始私のことを気遣ってくれている様子だった。

 途中、何度かペチュを放っておいていいのかとも訊かれたけれど、多分しばらくはひとりにさせたほうがいいのだ。


 ――そう思ったのは、間違いだったのかもしれない。


「ただいま、ペチュ。

 ……ペチュ? いないの?」

 私が寮に帰ってきたとき、部屋の電気は真っ暗だった。

 おそらくペチュは自分のベッドで寝ているのだろうと思ったのだけど、部屋のどこを探しても彼女はいなかった。

 ……まさかまだ寮に帰ってきていないなんてことは、ない、はず……。


 私は窓の外を見る。すでに日も落ちて、すっかり夜の匂いが漂っている。

 食堂や購買、その他の施設だってもう閉まっているはず。彼女に行くあてなど、どこにもないだろう。

 なのに、どうして帰ってきていないの……!?


 私は慌てて部屋を飛び出し、1階の受付へと走った。

 だが、受付もすでに閉められている。私はノックとともに呼びかけた。

「すみません! 誰か、誰かいませんか!?」

 反応はない。受付の窓口にはカーテンが閉められているし、部屋の扉からも光が漏れていないのだから当然だ。

 おそらく事務員さんはみんな仕事を終えて、自分の家に帰っているのだ。


 ドンドンッ、ドンドンッ!!


 そんなことにも気が付かず、私は扉をノックし続けた。


 ドンドンッ、ドンドンッ!!


 すると、不意に扉が開いた。だが、それは受付の扉ではなく、寮の一室の扉だった。

「なんですか、夜中にうるさいですね!

 ……って、あんた、黒衣の魔女じゃないですか。一体何をやってるんです?」

「シ、シロサギさん……」


 その一室は、シロサギさんの部屋だったのだ。彼女も寮に入っていたのね……。

 意外とみんな寮住み? このあたりが地元じゃないのかしら。


 ……って、今はそんなことどうでもいいわ!

「シロサギさん! ペチュを見なかった!?」

「はあ? あの出来損ない、――いや、すまないです、つい口癖で。

 彼女なら講義で見たきりですよ。あなたも最後まで一緒にいたじゃないですか。

 あのあと、ふたりで寮に帰ってきたんじゃないんですか?」

「わ、私は別の用事があって……。

 ああ、こんなことなら一緒にいればよかったわ!

 ごめんなさい、シロサギさん! 私、ペチュを探してくるわ!」

「え。じゃあ、シロサギさんも……。

 いや、でも私はあいつと喧嘩しているし……」


 シロサギさんは自分で言いながら首をひねって、腕を組んでいる。

 その親切心は嬉しかったけれど、ペチュは彼女の顔を見たら逃げ出してしまうかもしれない。

「ええ、悪いけど、シロサギさんはここにいて!」

 私はそれだけ言い残し、寮を飛び出した。

 外灯は明かりがともっているけれど、それでももう外は暗かった。

 風も出ていて、ほんの少しだけ肌寒い。


 こんな状況でどこにいるのよ、ペチュ!

 待ってなさいよ、すぐに見つけ出してやるんだから!

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